第12話 聖女討伐依頼
「サイゾウ、新しい依頼だぜ?」
ハンターギルドに入るなり、受付に座っている男がオレに声をかけてきた。
「いやだよ。他の奴に当たれ」
オレは即座に断る。わざわざオレにこの男が依頼を頼む時は本当に碌な仕事じゃない。街に現れた黒龍の討伐、森林を飲み込まんばかりに増え過ぎたスライムの駆除。今、思い出してもひどい仕事ばかりだ。
「そう言うなよ。ゲイルさんとサイゾウの仲じゃないか。そうだろ?」
「なにがゲイルさんとサイゾウの仲だよ! オレは忙しんだ。他の奴を使えよ」
相変わらず大きな声で馴れ馴れしい奴だ。この受付の大男はゲイルと言って、元凄腕のハンターだった。だけど、とある事件のために片腕を失い、ハンターを引退した。現在、そんな彼はこのギルドの受け付けをしているという訳さ。
「いや、そこをなんとか頼むよ。相手がおまえを指名していてさ。頼むぜ!」
この通りだと言って手を合わせて頭を下げてきたがオレにはコイツの願いを聞いてやる義理などない。
「わかるだろう? オレは面倒な仕事はしたくないんだよ」
基本的に楽な仕事がしたいんだ。だって、美少女と関わらない仕事をしてもやり甲斐がまったくないだろ? 当たり前のことだけどさ。
「教会からの依頼だから是非ともやって欲しいんだよね」
鷹の目のような鋭い視線でオレを睨んできたゲイル。そんなので、歴戦のハンターであるサイゾウさんがびびるとでも思ってるのか?。
「そんなに睨んでもオレはやらないぞ? この前の王国からの緊急依頼を受けたばかりで疲れているんだ。勘弁してくれ」
もちろん、それは建前だ。本音は教会の仕事に美少女なんて基本的にいないからな! やってられん。
そもそも教会や国などの大きな団体から出された個人指名の仕事は基本的に難易度が高い。教会も国も組織の規模が大きい。そんな大組織は自らで、ほとんどの問題を解決できるのだ。ワザワザ、こんなギルドを使うような仕事は面倒くさいこと以外にないのだ。
「仕方ないな。そう言うとは思って、オレはこんなのを手に入れておきました」
にっこりと笑うゲイルの瞳は全然笑ってない。
「おい、なんだよ。それ?」
ゲイルの表情も気になるが、それよりも奴の手にある書類はなんだ。その書類にはオレのサインが書いてあるように見えるんだけど…
「ああ、これか? サイゾウの家の借用書だよ。ギルドマスターが仕事をサボるやつ対策に大金を積んで手に入れたんだよ」
オレの表情が凍る。豚姫がオレの家に毎日くるようになったため、新しい家をアラクネと一緒に探し、購入したのだ。アイツは新婚みたいで楽しいと言っていたが、その時に作成した借用書が命取りになるとはな。
「ワザワザ、オレの借用書を見せてどうしたんだ?」
「ギルドで買い取らせてもらいました」
爽やかな笑顔が恨めしい。これだから、リア充でイケメン野郎はイケ好かない。借用書を使ってオレを無理やりこき使う魂胆だな。
くそ、絶対に働いてやらねぇ! 美少女がいない仕事は絶対イヤだ!!
「あの金貸しめ! 債権を勝手に売りやがって!! ちくしょう、例え借用書が取られていようともオレは働かないぞ!! 労働者をなめるなよ!」
美少女がいない限り、絶対に働かない。断固たる決意だ!! これだけは絶対に譲れない。
「利息が倍になるのか。かわいそうに」
哀れみを持った目でこっちを見るなよ。なんだよ。利息が倍ってお前は悪徳高利貸しかよ。そんな理不尽には絶対に抗ってやる。
「…っく、不当な要求に断固反対!!」
「借入金を返す見込みがない者からは不当な取り立てと金額の増額を許可する。法令第25条より…」
「悪法だ! 庶民を助ける法律をください!!」
誰がこんな酷い法律を作ったんだよ。ありえないだろう。
「今すぐにローンを返せるならこの仕事を受けなくてもいいぞ?」
権力には勝てなかったよ。もう、最悪だ。
「今回の依頼はなんだよ?」
「ウェステリアの聖女って知っているか?」
「ああ、美人で評判の心やさしき女神のような聖女様のことだろ」
それくらい知っているよ。彼女は地球で言うところのトップアイドルみたいなものだろう? みんなを元気付けるために各地を慰問しているんだから、世情に疎いオレだって知っているさ。
「実はここからは大きな声で言えないが、聖女はフォニックスの町の反乱軍に捉えられていてな」
な、なんだって? それは…
「つまり、聖女に関する依頼って、囚われた彼女を助ければ良いのか?」
反乱軍の中から聖女を救出ってハンターの仕事じゃないだろう。
「いや、違う。それに今回は極秘の指令だ。内密に頼む」
ゲイルはそう言った後、急に真面目な顔をしてこちらを見てきた。いったい、なんだ? そんな突然、改まって…
「サイゾウ、実はな。今回の依頼内容は彼女を助けることじゃないんだ」
それは先ほど聞いたよ。早く言えよ。勿体振るなよ。
「…聖女シルメリアの処分だ」
え!? 処分だって? あの伝説級の聖女をオレが殺害するのかよ。やばいだろう。そんな仕事はハンターがやることじゃないぞ? 暗殺ギルドの仕事じゃん! 無理、絶対無理だよ!!
「いいか、彼女をこの世から完全に消し去ることが依頼だ」
頼んだぞと言ってゲイルは強引にオレに書類を渡した後、受付の仕事に戻っていく。オレは渡された依頼書を見て息を飲む。
こんな年端もいかない女の子を殺すのか? 嘘だろう。ああ、オレは一体、どうすれば良いんだ!? オレは混乱する頭を抱えてギルドから出て行くのであった。