冬Ⅵ
冬香はあの日以来、例の事件に関する情報を漁るようになっていた。
どうしてかと聞かれると返答に困ってしまうのだが、とにかく何かに操られた様に新聞を読み漁った。
「お、トーカーおはようっ」
見上げると美夏である。窓から見えるどんよりとした空とは裏腹に爽やかな笑顔だ。
「何読んでんのさー…うっ新聞!?私の苦手とする物体!」
「うん…まあね…」
「あ、冬香、美夏おはよう」
隣に美夏より少し小柄な少女。…秋楽だ。
完璧にセットされたロングヘアから金木犀のような甘い香りがする。
「あら?随分古い新聞だね」
「そーなんだよー!どうしてそんなもん読んでんだよトーカー!」
そう言われても冬香にとって答えは一つしかない。
「…わかんない」
「はあ?何かきっかけがあったからトーカが今読んでんでしょ?」
「うん…最初は何となく手に取ってみただけだったんだけど…この事件を熱心に読み込む理由が自分でも分からないというか…」
「ふーん、何だか不思議だね…そんなことがあるのかしら」
「(精神上で忘れてるだけじゃないの?)」
突然すぎる乱入である。
「ん?どしたのトーカ」
「いや、なんでもない…」
目を落として新聞に集中しているフリをすると、二人の友人は冬香の席の傍を離れていった。
こちらをもう見ていないのを確認して、説明の続きを指の動きで促す。
「(いやだからさ、心では忘れてるんだけど肉体は何となく覚えてて、無意識にその行為をしてるってこと)」
「(そんな…非科学的というか現実味がないというか…納得いかないんだけど…)」
「(私の存在を認識している時点で冬香ちゃんにそんなこと言う資格はないと思うけど~?)
「(う…そう言われるとな…)」
声には出していないものの感情は顔に表れているのか、前を通った男子が冬香を見てびくりとした。
きっと可愛らしい顔を思い切り歪めて机の上を睨んでいる様に見えたのだろう。
「(…そういえば、何となく覚えているっていう感覚、他にあったような…気のせいかな?)」
-悶々。
「(…そうだ。いつも思い出す、あの、大好きだった気がする人…)」
「(やっと思い出したの?)」
「(!?)」
いつの間にか秋桜の顔がミリ単位で間近にいた。
慌てて距離を置こうとしたものの間に合わず、もう一度詰め寄られる。
耳が直接付くくらいの場所から開口される。冬香のパーソナルスペースは広くない。
「(まったく~こんだけ誘導しても分かんないもんかな~?やっぱりまだ制御されてるのかな?)」
「(…な、なんの話…?さっぱりなんだけど…)」
ただでさえ距離が近いのに、更に距離を詰めようとしている。
冬香は肉体的にも精神的にも、理由が分からないまま追いつめられていた。
「(…なーんて)」
「(…え?)」
「(別にいいや、まだ知らなくても。その内思い出すだろうし…全く、よっぽど大切なんだねえ)」
突然興味を無くした様に離れていく秋桜。
「あなたは一体…私の何を知ってるっていうの…?」
冬香は元々あの気まぐれで、生意気で、愛らしい少女に気味の悪い印象があったが、今は恐怖に変換されつつあった。
今まで自分のことは一番自分が分かっていると思っていたのに、秋桜は…まだ出逢って一ヶ月もない幽霊モドキは、冬香のことを冬香以上に知っている口振である。
「別に悪い子じゃないんだろうけど…」
「んーとんーと…あれ、『つとめて』ってなんだっけ?」
「『早朝』でしょ?」
「ああ、そうそれそれ」
今日も図書室にて秋楽のマンツーマン指導が始まっていたが、冬香は参加するでもなく、かといって本を読むでもなくぼんやりと考え事をしていた。秋桜は遠くへ行ってしまっていた。
「(大切な人、かあ…)」
考え事とは勿論、自分の記憶を手繰り寄せていることである。
何かが少しずつ、少しずつ、思い出して来ているような気がしていた。
「ん…?」
ふと窓の外を見ると、もう直ぐ開きそうな蕾がたくさんついた桜の樹が見えた。
「(そうか、もう春はとっくにきている時期か…)」
今年は寒い日が多く、四月にとっくに入っているはずなのに未だにこの辺りの桜花は開いていなかった。
「(…なんだか桜を見ると、懐かしい気持ちになるんだよなあ…)」
数学の公式より重要なことのような感じがして、生徒手帳の端にメモした。
帰り道、まだ冬に近い寒さの中を秋桜と歩いていると、冬香はコンクリートの隙間から生えている蒲公英を見つけた。
「…?」
先程の桜と同じ様な気持ちになったので、またメモをとった。




