冬Ⅱ
「分かんねえええ!」
「しい!静かにしてよ美夏ちゃん…」
「あ、悪い」
喋り方のわりにはしゅんと可愛らしく肩をすぼめて、再びシャーペンを動かしだす。
図書館は意外と人が少なく、一年生は冬香と美夏の二人だけだ。
まだ本格的に勉強をしだそうとする生徒はいないのだろうか…?
勤勉な冬香には疑問でしょうがないのだが、たくさん群がられても五月蝿くて困るので別に迷惑なわけではない。
今迷惑なのは美夏の唸り声だ。
「…仕方ないなあ。どこが分からないの?」
「全部!」
「え」
「もしくはオール!」
「それ英語にしただけだよね。それにALLなら巻き舌して発音しちゃ駄目」
「ううう…」
漫画のような分かりやすさで凹む美夏の教科書を冬香はさっと取り上げ、単元の最初から説明を始める。美夏はフムフムと真剣に自分なりにノートをまとめだした。
やる時はちゃんとやる子なんだよなあ…と冬香はシャーペンをノックしている少女を見る。
頑張れば成績も伸びそうなのに、残念ながら美夏が情熱を注ぐのはバスケである。
「…あれ」
「どうしたの?」
「…芯が詰まった」
「へ?」
「…」
「…」
「終わったあー!」
「お疲れ美夏ちゃん」
計算式から開放された美夏が周りを気にした控えめな声で嬉しそうに言った。
喜びを隠さない彼女の笑顔を見て、冬香もつい口元が緩む。
冬香にとって何事も純粋に受け止める美夏は完全なる理想像である。
「じゃあ一緒に帰ろうぜトーカ」
「どうしても私とがいいの…?」
へへへとにやける美夏に表面上の冷ややかな視線を注ぎながら冬香は片付けを始めた。
「また明日ね!」
「うん、バイバイ」
美夏の左右に揺れる長い腕に手を振り返して、冬香は歩き出す。
ぽつぽつと咲き始めた桜があるような気温の時期に相応する空色…つまり夕暮れというには暗すぎる空である。
「春空…とはいえないな…冬空?ふん」
―私の心を映してくれてるの?
何気なく温かい風が気に食わない。
とくんとくんと自分の鼓動が聞こえてくる。
こんな体温みたいな温度を冬香は記憶の中に覚えている。
―そう…こういう優しい掌が、私の髪を梳いて…
「…やめやめ」
いつもやってしまうこの行動。
何故か誰かを思い出そうとして喉元でぷつんと切れるのだ。
凄く優しくて、生真面目で、大切な…。
こんなに想う人をどうして忘れたんだろう?
―やあ?ゴキゲンヨウ。
「!?」
冬香は振り返る。彼女の声ではない。
女性と呼ぶには幼過ぎる、明るく、それでいて裏がありそうな暗い声。
知らないフリをしたかったが、気のせいにしては気配が強すぎた。
「…誰…?」




