3.
週が明けて学校に行くと、泥丸様の噂は変な具合に鎮静化していた。
赤兎と泥丸様は、学校の怪談同士で仲が悪い。
だから赤兎に襲われたら、「泥丸様がやっつけに来るぞ」と唱えればいい。
泥丸様が取立てに来たなら、「赤兎が助けに来るぞ」と言ってやればいい。
そういう事になっていた。
どうしてだか、お互いがお互いの対抗神話として定着した格好になる。
ただ誓って言うけれど、この件に関しては、僕は全然関与してない。
結局泥丸様の尾ひれは、「悪い事を願うと、悪い気持ちを吸って悪い泥丸様になって取立てに来る」という形で落着したようだった。
何が「悪い事」かが明確に定義されていないので、少しでも疚しい人間は迂闊に泥丸様を作れない。そんな寸法になっていて、セーフティとしては上等だ。
一方の赤兎は、知名度の高い泥丸様から守ってくれるものと認識されるようになったからか、その後一部女子の間に人気が出た。
色々と話が混在して混線した挙句、どうもダークヒーローとかコードヒーローとか、そういう扱いに落ち着いたらしい。
わざわざ飼育小屋近くでまで、昼食をしにいくグループを見かけたりもする。お陰で場の雰囲気は、前よりずっと明るくなった。
なんとも物好きな事だが、これならいずれ兎の話からは牙も首塚もなくなって、いい話ばかり残るようになるだろう。なら、それはきっと悪くない。
僕はといえば、あの日は大目玉だった。
家に帰ると、母さんが目を三角にして待ち構えていたのだ。
夜中に抜け出したのはすっかりばれていて、こっぴどく怒られた。それでも頑としてどこへ行っていたのかを白状しなかったから、お小遣いまで抜きにされてしまった。
ところで、居間で母さんの説教を聞き流していて気がついた事がある。
ふと見たら点けていないテレビの画面に僕の顔が映っていて、それはあの時の泥丸様の顔にそっくりだったのだ。
悲しいような寂しいような、どうせ理解してくれないのだと不貞腐れたような──そう、丁度「大人は分かってくれない」とボヤく時の表情。
きっと泥丸様もボヤきたかったのだ。でも助けに来てくれたのだ。
悪い事をしたな、と思った。
泥丸様の言い分を何一つ聞かずに、僕は決め付けてしまっていた。いつかどうにか機会を作って、ちゃんと謝らなければないだろう。
それから、泥丸様についてもうひとつ。
結局あの夜の事は、僕は誰にも話さなかった。話したって、どうせ信用されないだろうと思っていたのもある。
チカだけはなんとなく察しているようだったが、僕が黙っているのを見て何も言わなかった。
けれどチカにしてみれば、僕に泣きついて、僕が夜中家を抜け出したと三軒隣にまで聞こえる声で怒られたその後、泥丸様についての一切合切が解決してしまったわけで。
それでどうも、あいつは勘違いをしてしまったらしい。
以来僕を尊敬の眼差しで仰ぎ見てくる。結局僕は何もしていないので、大変気まずい。
ただ何というかそのお陰で、ふたりの間は昔みたいな感じになった。
チカの泥丸様はきちんとお願いを叶えてくれたんだな、なんて思って、それから急に恥ずかしくなって、僕はアホかとひとりごちた。