プロローグ 1
おれはまだ生ているのか。
天井を見上げて、西原ケントはつぶやく。
彼は緩慢な自殺をしていた。断食自殺である。
足の悪い彼にとって、飛び降り自殺や、線路に飛び込むなどのアクティブな自殺は難しいので、こうして物を食べない事で死んでいこうと考えている。
こうして、三日。
もう、立ち上がる気力も無い。
過去の事を色々考える。
どうしてこんな事になってしまったのか。
中学時代、ケントは誰知らぬ物の無い輝いた存在だった。
彼は、柔道が得意で、得意などというレベルでなくオリンピックを狙えるのではといわれるほどの強者だった。
正義感も強く、自分の強さは全て弱者を守るために使っていた。
しかし、その性格が災いした。
あれは、中学三年の秋。とある老人が学生に絡まれていたのをみて、いつものごとくたすけに入ったケントは、学生達は追い払った物の、足を滑らせて用水の中に落ちてしまった。その結果、今でも片足を引きずっている。
もちろん、柔道選手としての寿命はそこで終わった。
さんざん泣いた後、心機一転して勉強に励んだ。しかし、残念ながらあまり頭の良い方でなかったケントは、地元の三流どころの大学に入った。しかし、世間は大不況で、就職難のおり仕事も見つからず、やっと見つけた印刷会社で校正の仕事をする事になった。
校正というのは、原稿を読んで字が間違っていないかを確認するだけの退屈な仕事である。しかも、ケントのいた出版社は少し偏っていて小難しい学術書やら、オカルトやら、どこの言葉で書いたか分からない魔法陣の本や、そんな物ばかりだった。それでも、それらの原稿をケントは黙々と読み続けた。にもかかわらず、一年前その会社をリストラされたのである。
それ以来、ずっとケントニート生活をしている。
就活しても足の悪さを理由にほとんどの企業で断られるのだ。
もう、生きる気力もなかった。
何もしたくない。
本当なら、おれはオリンピックに出て華やかな人生を送るはずだったのに。もし、それが無理なら警察官になりたいと思っていた。柔道で弱い市民を守るのだ。
「気の毒にのう」
どこからか声が聞こえる。
「お前さんには本当に気の毒な事をしてしまったのう」
見ると灰色の服を来た老人が気の毒そうな顔でこちらを見ている。
杖を持ち、長いひげを生やして、まるで神様みたいなじいさんだ。
「なんだ? あんたは……」
ケントはかすれそうな声で言った。
「わしは、ブラフーマとかオオクニモノとかいわれている。お前の世界でいうところの神様みたいなものじゃ」
「神様?」
「お前の運命がこのような惨めな物になったのは、実はわしのせいなんじゃ」
「どういう事だよ?」
「お前が中学の時に、たすけてくれた老人、あれはわしじゃ」
「なんですと?」
「あの日わしは地上に来る予定でもなかったのに、ほんの気まぐれでやって来たのじゃ。それで、あんな事になってしまった。本来なら、お前は今頃オリンピックに出て華々しい人生を送っているところじゃった。その運勢をわしの気まぐれで狂わせてしまったのじゃ」
「やっぱりそうだったのか」
「わしも気の毒に思って見守っていたが、一度運命のレールから外れた物を、この世界で救出する手段はないようじゃ」
「なんですと」
「しかし、他の世界でならなんとかできそうじゃ。それで、お詫びにお前に異世界におけるラッキー人生をプレゼントする事にした。ちょうど、今空きがあってな」
「異世界?」
「そうじゃ。お前達のいうところのファンタジーの世界と言ったところじゃろうな。魔法もあればモンスターもいる世界じゃ。その世界で、お前は最も恵まれたものとして華々しい人生を生きられる事を約束しよう」
目覚めると俺は見知らぬ大地にいた。
空を見ると月が三つある。
どうやら、異世界についたらしい。
こうして、俺の第二の人生が始まった