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 王族との対面だというから、映画なんかに出てくるような謁見の間みたいなのを想像していたけれど、通されたのは広いが比較的玄関に近い場所にある部屋だった。

 真ん中より少し左の位置に、華奢な椅子が置かれていて、そこに座るように言われる。とても大きな机の上には、ずらりとどれも高級そうなものが並べられている。他の商品、もとい献上品なんだろう。

 部屋の3分の1ほどは段差があって高くなっていて、そこにも椅子が数脚置かれているから、そこに王族が座るんだというのが予想できた。

 ルーデンは私の横で、膝をついて屈んでいる。

 どれくらい待っただろう。しばらくしてから、唐突に、私たちが入ってきたのとは別の扉が、重い音と共に開かれた。そっちに目を向けると、数人の騎士が入ってきて、扉のすぐ側で敬礼のようなポーズをとった。

 そして、ゆったりとしたいくつもの足音と衣擦れの音がして、高そうな衣装に身を包んだ人達が入ってくる。

 王族だ、と一目で分かる。着ている服もそうだけど、それ以上に彼らの纏う雰囲気が。普通に歩いているだけなのに、その空気に圧倒された。

 全部で4人だった。順番に椅子に座って、こっちを見る。最初にルーデンに向けられた視線は、どれもすぐに私の方を向いた。どうしたらいいか分からなくて思わず視線を逸らしてルーデンの方を見た。ルーデンはそっと顔を上げて、微笑んだようだった。

「本日はお招きいただき、誠に光栄にございます。私の元にある最高の品々をお持ちさせていただきましたので、どうか、気に入られたものがございましたら遠慮なくお申し付けください」

 恭しく礼をしてから、徐に商売、言い換えれば献上品の説明を始めた。説明をするだけのものもあれば、実際に王族の前まで持っていって、間近で見せたり触れさせたりするものもあった。気まぐれで見せてるのかとも思ったけれど、どうやら少しでも興味を持った素振りをみせたものに対してだけ、そうしているようだった。よくそんな細かいところまで気付くなと思う。私なら絶対そこまで気が回らない。

 説明が終わると、それは貰うと言われたり、それはいらないと言われる。横に控えているルーデンの部下らしい人がそれを手元で書き留めて、また別の人が片付けながら仕分けている。誰が欲しいといったものかをちゃんと分けているらしい。

 値段については、聞かれることもあれば聞かれないままのものもあった。聞いた場合も、その値段によって買うか買わないかが左右されるようではない。単なる好奇心だとか、気まぐれで聞いた感じだ。値段を気にせず買い物をする様子からしても、この人達は王族なんだということを改めて思う。高級な料亭などではメニューに値段がないこともしばしばだという。そういう感覚なのだろうか。

 机の上にあるものを半分ほど紹介したくらいで、しびれを切らしたように右端に座っていた女の人がルーデンに不満げな視線を向けた。

「あなたはもう少し気のつく人だと思っていたけれど」

 突然何を言い出したのか、と思ってその人を見て、ルーデンを見る。ルーデンは十分過ぎるくらいに気の回る人だ。むしろもうちょっと鈍いくらいが良い。全て見透かされるようなのは怖い。

 けれど女の人は拗ねたような顔をしていて、そしてそれとは対照的に、ルーデンはうっすら口元に笑みすら浮かべているように見えた。

「机の上のものは後でいいわ。それよりそっちの説明をしてもらいたいわね」

 そっち、と言ってその人が閉じた扇で指し示したのは、私のことだった。

「ああ、それはそれは申し訳ございません。私としたことが、皆様がこれに興味を示してくださっているとは露とも思わず」

 首を振りながらそう言ったルーデンの横顔は、とても本心から言ってるようには見えない。

 気付いていながら無視をして、こうやって相手から話を振ってくるのを待っていたのだろう。関心と注目をより集めるためだ。

 そんなルーデンの思惑が分かっているのだろう。真ん中に座る男の人だけは、苦笑に近い表情をしていた。ただ嫌悪はなさそうだから、いつものやり方なのかもしれない。

「こちらは先日、遠国から攫われてきた高貴な姫にございます」

 高貴な姫だと紹介するというのは言われていたが、そんな設定だったのか、と思わず横を見た。それから慌てて表情を取り繕った。ボロが出てもフォローはすると言っていたが、余計なことをするなとも言われていた。

 ポーカーフェイスで前を向く。すると4人の視線が私に集まっているのに気付いて、すぐに視線を落とした。居心地が悪い。

「なんでも、家出をしたところを人買いに掴まったらしく、それでそのまま国境付近で売られていたのを、私が買わせていただきまして」

 ルーデンがこちらを向いて、私の顎を掴んだ。そして少し上を向かされる。

「この通り、珍しい顔立ちをしております。皆様方が興味を持つのではないかと思いまして。風習が違いますから礼儀もなってはおりませんが、見せ物としては面白くはございませんか?」

 見せ物、とはっきり言われて、かっとなる。けれど私に出来ることは何もなかった。

 両手両足には、軽いが私の力くらいではどうにもならない枷が付けられている。そして首にかけられた首飾りから伸びる金の鎖の先はルーデンの手の中だ。

 顎を掴む手に力が込められて表情が歪む。

「珍しいものを側に置けば気分も紛れましょう。もちろん、お手元に置かれてからの扱いは如何様になさっても」

 ルーデンの言葉に、男の人が欲の混じった嗜虐的な笑みを浮かべた。それは私に向けられていて、背筋がぞわりとする。

「でも、なんだか貧相ね。顔色もひどいもんだわ」

「みっともないものが近くにあるのは嫌よ」

「それは少し遠い距離を連れてきたもので。本日お目にかかるようにと手配した結果、強硬なスケジュールになってしまい、今は少し疲れているように見えますが、休めば今より見れたものになります」

 それで、こんな化粧を施したのかと納得する。やはりアルーサの腕が良くないわけではなかったのだ。

 確かに、遠国から連れてきたっていうのに、疲労が見えなかったらあやしいかもしれない。まさかその辺で偶然捕まえました、などと本当のことを言うわけにもいかないだろうし。

「いかがでしょうか。もちろん一点ものですし、このような顔立ちのものは私も見たことがございません。もし次にご所望でも、一度余所で売れますと再び入手できるかどうか」

 希少性を強調して購買意欲を誘う。

 いらないと言ってくれないか、と祈るように膝の上で両手を握る。

 けれど希望は砕け散る。

「もらおう」

 背もたれに体を預け、男の人がきっぱりと言った。

「ありがとうございます」

 ルーデンが深々と頭を下げた。

 値段は聞かれなかった。自分の値段を知るのは嫌だったけれど、嬉しくもなかった。

 この場所で、私は物であって、人ではなかった。

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