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 アルーサが有能な侍女だというのは、たった二日間一緒に過ごしただけでもはっきり分かる。それくらいの働きぶりだった。ルーデンに、不自由のないように過ごさせろとの命令を受けたらしく、それこそ視線を動かしただけで私が何を欲しているのか読み取るくらいには、人に仕えるということにおいてプロだった。

 だからたぶん、この化粧はアルーサが不器用だとかそういうんじゃなくて、単純に文化や流行や、それを作り出す価値観の違いなんだろう。

 そう自分に言い聞かせながら、鏡の中の自分が眉を顰めないようにじっと見張る。

 少しきつめに見える、朱色のアイメイク。それは別に変じゃない。ただ、頬に刷いたのが、暖色系のチークじゃなくて寒色だったのが気になった。

「あの」

 化粧を終えて、髪を言い始めているアルーサに話しかける。

「こういう化粧って、普通なんですか?」

 鏡越しに目が合ったと思ったら、アルーサはすぐに手元に視線を戻した。

 目を合わせるのは不敬とかそういうのがあるのだろうか。アルーサもベニトもはっきりルーデンと目を合わせるのを見ない気がするし、ベニトはともかく、アルーサは私に対してそれなりの態度で接している。

「いえ」

 きゅっと髪が引っ張られても痛みを感じないのはさすがだ。やっぱりアルーサは侍女として一流なんだろう。

「異国風のお化粧をとルーデン様より申し付かっておりますので」

「そうですか」

 異国風。よく分からないがそう言われるとそうかもしれない。異国風というよりは、非日常風といった方が正しい気もするけど、異国も非日常であることには変わりない。

 こっちも異国をイメージしてるのだろう。変わった形に結い上げられた髪を、最後に軽く整えたところで、扉が開かれた。

「ああ、悪くない」

 入ってくるなりルーデンが満足そうに頷いた。

 どうやらお気に召したらしい。私にはよく分からないが、これで良いようだ。

 髪を整え終えたのか、アルーサは後ろに下がって頭を垂れている。その様子を気に留めることなく、ルーデンは私の側まで来た。

 玄関や廊下にいた人達と同じ恰好をした兵士がルーデンと共に入ってきたが、その人も入り口近くで足を止めた。壁際にももう二人の兵がいる。私たちをここに連れてきた人と、入る前からこの部屋に控えていた人だ。この人達だけではない。玄関や廊下にも、一箇所の人数は少ないが、死角がないと思われるくらいの感覚で兵士が立っていた。厳重な警備だ。

「当代の王は珍しいものが好きだからね。きっと気に入る」

 耳元にかかっていた髪をそっと払って、ルーデンが私の後ろに回った。

 じゃら、と少し重い音がして、頭上から何かが降ってきた。それは顔の前を通って、首元まで下ろされる。ひんやりとした冷たい温度が首元に与えられる。首飾りだ。この重さからして、私がこれまで身につけたことのないような高価なものだろう。

「過度な装飾は好きじゃないが、身分としてはこれくらい付けておいた方が自然だろう」

「身分?」

 意味が分からず肩越しにルーデンを振り仰ぐと、ルーデンの綺麗な緑色の目がこっちを見下ろしていた。

「私は君を、遠国の高貴な姫として紹介する。容貌でここらの生まれでないことは一目で分かるし、文化が違うのだと言えば、作法の礼儀については誤摩化せる」

「姫!?そんな嘘、すぐにバレるに決まってます!姫どころか、本当に普通の家に生まれて育ったのに」

 あり得ないと本気で思った。そういうのはたぶん、生まれ持った気品だとか幼い頃から躾けられた立ち居振る舞いだとかが必要で、誤摩化せるとかいう次元の話じゃないだろう。

 けれどルーデンは平然としていて、冗談で言ってるわけじゃないのが分かった。

「実際どうか、という話は問題じゃない。私の言葉が正しいと相手が判断するかどうかが全てなんだ。私が君に与えた枠組みが、買う人間から見て真であるかどうか、それだけが重要で、意味を持つ」

「そんなのって」

「もちろん私は一流の商人であることを自負している。偽物を売りつけるような真似をするほど堕ちてはいないし、堕ちるつもりもない」

 肩が押されて、鏡の方に向けられる。今度は鏡越しにルーデンと目が合って、反論の言葉は喉の奥で消えた。

 後ろから右手を持ち上げられて、肩の高さまで掲げられる。

「君のいたところでは、確かに君は平民だったのかもしれない。そうだとすれば、私が君を高貴な姫だと表するのは、嘘偽りを言うことになる。だが、この手一つをとってみても、水仕事も力仕事もしらない手だ。それに読み書きも出来るんだろう?」

「それは、そうだけど」

「高貴な姫、と言っても、それはなにも王族に連なるということではない。高貴であるというのは、生まれついた身分もそうだが置かれた環境をも指す。そして女性に対する尊称として、姫と呼ぶこともあるだろう。意中の女性を、私の姫、と呼ぶように」

 そんな人いないだろうと思ったけれど、物語の中ならありかもしれない。それに外国ならあり得る。そして恋は盲目とも言われるわけだし。

「労働を知らず、教育は十分に受けている。日々の衣食住に困ったこともない」

 その通りだ。それらは当たり前だと思っていたことで、でもこうして改めて指摘されると、なんだか責められているような気分だった。

「それは、ここでは十分に高貴な人間だと言えるんだよ」

 結われた髪に、髪飾りが付けられる。それもとても綺麗で、高そうなものだった。

「高貴な姫と言っただけで、どこかの王女だと思う人間もいるかもしれない。だがそういう勘違いまでは私の責任ではない」

 けれど勘違いをさせる為に、私はこうして着飾られているんだろう。

 ため息を吐きたい気持ちだった。望んでもいないのに、偽りの片棒を担がされている。

「言葉を交わすことはないかと思うが、もしかしたら質問を投げかけられるかもしれない。ボロが出てもフォローはするが、出来るだけ黙っていてくれると助かる、とは言っておこう」

 余計なことは言うな、とはっきり言えば良いのに。

 不満が顔に出たが、ルーデンはそれを無視して、着物に視線を落とした。

「それにしても、美しい衣装だな。実用的というよりは、芸術的だ」

 肩から腕へ、そっとなぞるようにしてルーデンの手が滑り落ちていく。思ったよりもずっと柔らかい手つきで、それが意外だった。

「こういった、生活に根付く芸術は、私の求める理想の具現なんだ。こういうものがこの国にも、もっと増えると良いと思っている」

 うっとり、というような触れ方だった。

「残念ながら、難しい望みだが」

 手が離れる。そして同時にルーデンは入り口へと向かって歩を進めた。

「さあ、時間だ。君が平民だという言葉が本当なら、君が言葉を交わすことなど本来許されない方々のところへ行く」

 手を触れずとも、外から開けられた扉の前で、薄い笑みとともにルーデンが振り向いた。

「せいぜい、足を引っ張らないようにしてくれ」

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