第26話 8月17日-4 五木の記憶
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二人は鹿が草を食む様子を見ながらつっ立っていた。
「……そういやさぁ、なんでここにいたの?」
五木は風名に尋ねた。
「たまには散歩もいいかと思ってね」
顔からすでに熱が引いたのを風名は感じ、普通に会話ができるようになっていることに安堵した。確かに、ここにいたことにはさしたる理由もない。本当に散歩に来ただけだ。
「それでここかぁ」
「なあに?」
何かを思い出すように言った五木は何か言いたそうだった。その様子を汲み、風名は聞いた。
「ここ、夏祭りやるよな」
「もう終わったけどね」
気の利いた言葉が出てこない。
「昔さ、きょうだいを連れて来たんだ。風名も来ていたのかなって」
「……五人きょうだい、だよね。へえ、お兄ちゃんしてたんだ」
調子を取り戻しつつあった。大丈夫、五木を軽くからかうような言動をできるようになっている。
「いまでもしてるよ。……いや撤回だな。それは置いておいて、ある時、はしゃぎすぎてみんなとはぐれちゃったときがあってさ」
五木は苦笑し、気恥ずかしそうに頭を掻いた。ここのお祭りではこの広い敷地を活かし、たくさんの屋台が出る。三日間行われるこの行事は、寺内の人間が全員参加しているのではないかと思うくらいの盛況ぶりを誇っている。
「面倒を見なくちゃいけないのに本当に情けなくてさ、きょうだいを見つけてすぐ戻れなかった。その時に――」
急に五木は言葉を止めた。眉間にしわを寄せ何かを考えている様子だ。何かを思い出そうとしているように見える。
「……あれ、僕は、どうしたんだっけ?」
「わ、私にそんなこと聞かれても、困る、んだけど」
風名は苦笑いして答えた。困るとは言ったが、その続きを知っていた。五木との会話で昔の夏祭りを思い出した。
兄とはぐれた四人の子どもに出会ったのは自分だった。風名はそう回想した。
二つ年上の姉と夏祭りに行った時のことだ。
屋台の並ぶ道の途中で、姉妹は四人のきょうだいに会った。迷子を放っておけなかったから風名は姉と一緒にその兄弟と夏祭りを回ることにした。結局、家族を見つけられなくて迷子センターに預けることになった。少しずつ記憶を辿る。それは風名と姉――日方との思い出の一つでもあった。
姉が楽しそうに笑っていた。「こんなにきょうだいがいたら楽しそうだねー」と言っていたのを覚えている。きょうだいたちと何を話ししたかは覚えていないが、楽しかったのは覚えている。あの時の四人きょうだい、それが五木の弟妹だったのだろうか。
「五木、その時のこと、思い出せない?」
「あ、ああ。全く」
「誰かに会ったとか、一緒に回ったとか聞かなかった?」
踏み込み過ぎかと思いつつも風名は質問を重ねていた。
「思い出した」
少しの期待に風名は顔を上げる。
「迷子センターから呼び出された。僕が迷子扱いだった」
そう言って五木は笑った。
「誰かに連れてきてもらったとかは?」
「え? いや、……聞いてない」
「……へえ、そう」
五木はゴールデンウィーク以前の風名とのことも忘れている。そのことに心中穏やかではない。
どこまで忘れているのだろう。ただ、風名が不可解部のメンバーでクラスメイトだということを五木は忘れていなかった。
それでも不可解部発足から事件前までは覚えている。逆に、それ以外の時期の風名との記憶は改竄されているらしいと思いかけた。
「いやー、昔のことって案外覚えているものだけど、なんか忘れたなぁ」
五木は笑って言った。内心ではどう思っているのだろう。何かを忘れていることを忘れている人間の思考を理解することはできない。
「そんなことも……たまにあるよね」
風名はそれだけ言った。安心させるようにただそれだけ。近頃彼の記憶に関して何かを言ってしまいそうになる。先ほどの雅金の性格の話も然り。
「っと、帰るか。僕は飛んで帰ろうと思うけど、どうする?」
沈黙が気まずくなったのだろうか五木はそう提案した。
「どうするって、五木、飛行にかこつけてどっか変なとこ触るつもりでしょ」
風名は自分の体を守るように、自分の肩を抱いて言った。
「な、何言ってんだ。僕はそんなこと、今まで一度も考えたことない」
目に見えて狼狽える五木がおかしかった。これだからからかうのをやめられない。五木は五木で先ほどきつく抱き着かれた感触を思い出して慌てていたのだが、風名にはわからなかった。
「私は歩いて帰る。駅まで十分もかからないしね」
「……じゃあ僕もそうするかな。駅までは、歩いていく」
駅まで送ってくれるらしい。心配、してくれているのだろう。家まで、と言わないのが奥ゆかしいのか奥手なのかはわからない。
五木がそう提案するのはわかっていた。さっきまで襲われていた女の子を放っておくような男ではない。
これくらいのわがままは許してよね。風名は心の中で呟いた。
二人は歩く。
「ちょっと速い」
「悪い、脚が長くてな」
「ばか」
そんな冗談を言いながらも五木は速度を緩めてくれた。風名にとって別にそこまで早い歩行速度ではなかったが少しでも長くこの時間に浸っていたかった。
「……公園の入口に和菓子屋さんがありまして」
「たかる気かよ。まあいいけどさ」
そう言いながらも嫌だとは言わない。助けてくれたことのお礼としてお金を出すつもりだが、五木はそんな恩着せがましいことを言わなかった。
「いいって言ってくれたからずんだで許してあげる」
「それ高い上に量多いやつだろ。太るぞ」
「それはいいこと聞いた! 少し痩せすぎって言われたから」
「それは……まあ確かに」
「いやらしい視線を感じまーす」
「み、見てねえよ?」
この関係はいつまで続くのだろう。五木が記憶を取り戻した後、どう変わるのか、少し怖い。
今は五木が何をどこまで忘れているか考えるのは無駄だろう。
ただ、五木の中の五獣の気配が、一瞬だけ揺れた気がした。
果たして彼女は今、何を考えているのだろうか。
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次回、五木は白騎士を問いただす。
「第27話 8月18日-1 召喚士の末路」




