第19話 8月8日-2 見ていた少女
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第19話です。
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先ほど見た光景に風名は心を乱されていた。
学校近くの駅に直結したデパート、その地階のスーパーマーケットで偶然、部活の同輩、五木を見かけた。
手には籠を持ち、買い物をしている様子だった。声を掛けようとしたとき、綺麗な女の子が一緒にいることに風名は気が付いた。
その会話する表情は、気の置けない自然体で、ボディタッチをするくらいには親しいらしい。
あの優しい表情を自分に向けられた記憶がない。
声を掛けられなかった。そんな光景を見て風名はその場を後にした。
あの制服は中高一貫の月白学園のものだったろうか。確か月白の高等部は市内屈指の進学校だ。
綺麗で長い黒髪に眼鏡をかけた知的で美しい少女だった。
どういう伝手で五木と彼女が出会ったのかはわからないし、知らない。
取り止めのない思考が頭を巡る中、風名は自分に言い聞かせた。
考える資格はない。五木は同じ部活の仲間に過ぎない。
別に五木が誰と仲良くしようが、どうでもいい。
それでも五月五日――ゴールデンウィーク最終日の出来事が頭を掠めるたび、やっぱりどうでもよくない、と再び心を乱すのだった。
風名の悩みはなんのことはないものだった。五木の相手と思っている少女が彼の妹――五行雅金であることに風名は気が付いていなかった。
風名は一方的に雅金の顔を見ていた。それはゴールデンウィークのことだ。
会話は無く、眠る雅金をただ見ただけだから顔を覚えていなくても仕方ないことだが。
それでも聡い風名が不思議なことに五木の妹であることに思い至らなかった。
あんな朴念仁を好くなんて、とんだ物好きもいたものだと思って笑みがこぼれた。
――自分だって、その物好きなのだけれど。
不可解部の男子生徒では五月人形のような美少年刀刃剣はめっぽう目立つ。
対して五木は、睨んでいるのかと思われてしまいがちな目付き、洗髪してそのまま乾かしたようなあまり気を遣っていない髪型。それらの印象で損はしているが、剣と並ぶポテンシャルはあるはずだ。
いつも誰かのため、誰も傷つけないように行動しようとしている。ただ朴念仁、鈍感なのが玉に瑕だが、そこも魅力なのかもしれない。
いつの間にか風名は五木のことを考えていた。
「……頭にきた」
一言そう呟いた。誰に対してなのかはわからなかった。
屋内だというのに風が少し吹く。
魔力がすぐ心に反応してしまう。魔法使いとして未熟だ。
五木のことでこんなにいろいろと考えてしまう自分が腹立たしかった。本当に何でもない関係なのだ。
ゴールデンウィーク中の風名との諸々を五木は忘れているのだから。
それを踏まえて黙っていることを、自身の想いを秘めていくことを彼女は選択した。
それでも、自分だけが覚えている。それが、少しだけ苦しかった。
それは神獣――青龍との誓いでもあった。待つことを、決めた。それを破ることはできない。ゆえに五木の人間関係にとやかく言うことはできない。
堂々巡りの無駄な思考。
何度目だろうと風名は思った。
時計を見る。あまり時間が経っていない。
エスカレーターを上りビル一階を目指す。化粧品のフロア。ここから外に出て、家に帰るとしよう。
「嵐呼、じゃないか」
女性にしては低めの声で話しかけてきたのはクラスメイトの鞍式静馬だった。乗馬部で柔道部。武人然として化粧っ気のない彼女がここにいるとは思ってもみなかった。そんなこと思ってごめんね、と風名は心の中で詫びた。
「鞍式さん、久しぶりだね」
「これは恥ずかしいところを見られてしまったな」
静馬はそう言ってはにかんだ。確かに彼女がここにいるのには驚いたが、女の子なのだからコスメコーナーにいてもなんらおかしいことはない。そう思いつつ、実際は風名もあまり足を運ばない。
「ちょっと気になってな。その……これで化粧をすれば私も可愛くなるのかと……」
百七十センチを超える高めの身長。キリッとした目と少し太めの眉は可愛いというよりは美人のカテゴリに入るだろう。そう言っても納得しない上に認めないことは明白だ。あまり容姿に関して褒められたことがないらしく、自覚がない。
「可愛く、なりたいの?」
「……まあ、そうだな。理由は聞くなよ」
そのセリフと表情で察しがつく、彼女は誰かに恋をしているのだろう。
「私もあんまり詳しくないからなぁ」
「確かに嵐呼は化粧してないな」
凛々しい瞳が風名を捉える。
「じゃあ、今度、王久さんにでも一緒に聞かない?」
王久吉音。同じクラスの明るい子でお洒落さんだ。
「それはいいな。私だけだと聞きにくいから一緒に頼んでくれると助かる」
「私もそろそろ勉強しなきゃと思ってたからちょうどいいし」
「なら、それからまた来るとしよう」
静馬は風名が来た方向へと向かい始める別の階にも用があるのだろう。
「嵐呼は帰るとこだったか、邪魔をしたな。すまない」
静馬は小さく頭を下げる。
「いや、用事があるわけじゃないから」
静馬は無骨なようで結構人に気を遣う。そういえばあの事件は彼女のこの性格も関わっていたのだろう。風名は静馬の顔を見ながら考えた。
不可解部のサブファイルに記された事件。ゴールデンウィーク明け、最初の案件。
「じゃあ、また」
「ええ、またね」
そう言って互いに違う方向へ歩き始めた。
短い会話でも、静馬のおかげで平静を少し取り戻せた。
幸いなことに、明日部活動に出席すれば、一週間ほどの休みだ。その間に気持ちを整理してしまおう。
街が焼け野原になる予知夢を覆す事と比べるとこの悩みは些細なものだ。思考を切り替えなければ。
それでも五木には会いたくない。なにか厭なことを言ってしまいそうだ。明日は朝早めに部活に行き、すぐ帰ろうと、風名は決めた。
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次回、実は、もうひとり見ていました。
「第20話 8月9日-1 見ていた少年」




