第5鉢 「今は、ここにいたい」
「ほら、こっちこっち」
ライトを手にし、楽しそうな笑みを浮かべる夏葵に手を引かれながら、秋穂は夜の温室を駆けた。
暗闇の中でも夏葵は慣れた足取りで順路を進んでいくが、勝手のわからない秋穂は足元を確かめるように、おどおどとついていく。
──夜の闇。
これまで一人で生き残りを探し、旅を続けてきた秋穂にとって、それは孤独と不安で心を蝕む、恐怖そのものだった。
けれど今は違う。
夏葵に手を引かれながら踏み込む闇は、長いあいだ忘れていた温かさと、確かな安心感を秋穂にもたらしていた。楽しそうに先を行く背中につられて、自然と頬が緩む。
「もう少しゆっくり歩いてくださいよ」
「ほら、すぐそこだから。見て!」
夏葵がライトを斜め上に向ける。
秋穂が顔を上げた瞬間、木々の間に、ぱっと白く、繊細な花々が浮かび上がった。
闇の中で淡く輝き、静かに揺れるその姿は、まるで植物が光を宿したかのようだった。
「すごく……きれい」
「でしょでしょ?」
それは、天然のシャンデリアか、夜空に咲くイルミネーションか──
言葉を探すよりも先に、ただ見惚れてしまう。
「サガリバナは、日本では奄美とか沖縄の暖かいところに自生してるんだけど、前にも話した通り、夜の短時間しか咲かないから『幻の花』って現地でも呼ばれてるの。この花を見れたら幸運が訪れる、なんて言い伝えもある。──せっかくだし、椅子に座って鑑賞しよっ」
夏葵は木陰から椅子を取り出し、秋穂に勧めた。
二人並んで腰掛け、花を見上げながら、ゆっくりとした時間が流れる。
「……秋穂ちゃんは、これからどうするの?」
「えっ」
不意に投げかけられた問いに、間の抜けた声が漏れる。
「特には……ないです。探してたものも、もう見つかりましたし」
「探してたものって?」
それは、誰かのそばにいる温もりだった。
けれど恥ずかしくて、秋穂は言葉にできない。
少しの沈黙のあと、夏葵が静かに続ける。
「……もし、秋穂ちゃんがよかったらなんだけど」
夜の花に照らされた横顔が、どこか不安そうに揺れる。
「ここで、一緒に暮らさない?」
しばらくの沈黙の後、秋穂は静かに口を開いた。
「……正直に言うと」
秋穂は、サガリバナから視線を外し、足元を見つめる。
「まだ、どこかにいるかもしれない、生き残りの人たちを探しに行くべきじゃないかって……少し考えてます」
握りしめた手が、思いを抑えきれず小刻みに震える。
「でも……もう一人で、終わりのない旅をして、明日が来ないかもしれない夜を過ごすのは怖くて」
秋穂は顔を上げ、目にうっすらと涙を浮かべながら、それでも微笑み、夏葵と目を合わせる。
「だから……今は、ここにいたいです。夏葵さんと、一緒に──」




