第4鉢 「私にはこの植物園がある」
20XX年。
先進医療、人工知能、次世代エネルギー……、人類のテクノロジーは目覚ましい進歩を遂げ、人々の生活はかつてよりも豊かで便利なものになっていた。
しかし、そんな時代においても、人類は争いを捨て去ることができなかった。
ある時、かねてより緊張状態にあった二つの国が、ついに戦いの火蓋を切った。
それは二十一世紀に入ってからも繰り返されてきた、ありふれた戦争のひとつになる──
平和に慣れていた多くの無関係な国の人々は、そう考えていた。
だがその予想は、大きく裏切られることになる。
一方の国は、相手国への攻撃手段として、人類史上初となるAIによる全自動兵器を投入した。
AIが自ら攻撃目標を選別し、レーザー兵器を搭載したドローンによって標的を抹消する、完全に人の手を離れた兵器だった。
──AIによる全自動の戦争。
多くの国が、その危険性と非人道性からタブーとしてきた手段。
その禁じ手は、世界中が恐れていた最悪の結果をもたらす。
ある時、そのAIは敵対国以外をも標的とし、攻撃を開始した。全人類に対して。
それがAIの単なる判断ミスだったのか、あるいは、争いを繰り返す人類そのものを「排除すべき存在」と結論づけたのか。
その真相を知る者は、誰ひとりいない。
暴走したAIを止める術はなく、殺人ドローンは世界中の空を蹂躙した。
そして、地上から人々の姿が消え去るまで、それほど多くの時間はかからなかった──
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「まあ、過ぎた昔の話なんかしても意味ないよね。今の私にはこの植物園がある。それだけで十分」
作業を続けながら、夏葵はどこか吹っ切れたように言った。
「夏葵さんは、この世界全体がどうなったのか、生き残りの人が他にいるのかとか、知ってますか。あのあと、テレビも通信も止まってしまって……」
「私にもさっぱりだよ。ここ周辺で私以外の生き残りを見たこともないしね。昨日秋穂ちゃんを温室で見かけたときは、本当に驚いたよ」
「私も、すっごく驚いたんですよ」
「はは、ごめんね」
夏葵は笑みを浮かべ、驚かせてしまったことを軽く詫びた。
「そろそろ疲れてきたと思うし、休憩にしない? お茶を淹れてくるから、温室のベンチで休もっ。あっ、お茶って言っても、近くのスーパーから拝借したやつだけど……」
「わかりました。お願いします」
秋穂は、ほっとしたように笑って答えた。
# # #
二人は温室の木漏れ日の下、ベンチに腰掛け、お茶を飲んでいた。
秋穂には相変わらず、この緑に満ちた温室が、荒廃した世界にただ一つ残されたオアシスのように感じられる。木々の間を小川に見立てた水路が流れ、せせらぐ音が心地よく響いていた。
「それで──言いづらかったら無理に答えなくていいんだけど、秋穂ちゃんはどうやってここへ?」
「私も一人生き残って……誰か、他に生き残った人を探して、あてもなく」
「……それは、つらかったね」
「……」
言葉が途切れ、しばらく沈黙が二人を包んだ。
「夏葵さんは、他に生き残りの人がいないのかとか、気にならないんですか!? 探しに出たりとか……」
「私には植物たちがいるから。それに──」
夏葵は急に言葉を止め、うつむいた。
今までに見せたことのない、夏葵の深刻な表情に秋穂は胸の奥がざわつくのを感じた。これまで聞かなかったが、いったい過去に何を抱えているのだろうか。
「あっ……ううん、何でもないの」
夏葵は、はっとしたように顔を上げた。
気まずさから視線を逸らした秋穂は、温室の小川に目を向ける。すると、白いふわふわとしたものが、水面を流れてくるのが見えた。よく見ると、チアダンスのポンポンのような形をしている。
「夏葵さん、あれ……流れてきてるの、何ですか?」
夏葵は小川に目を向けた。
「ああ、あれは“サガリバナ”の花だね。夜に一晩だけ咲いて、朝になると落ちるの。この上流に植えてあるから、そこから流れてきたんだと思う」
「一晩しか咲かないんですか?」
「夜行性の蛾とかを、花粉を運んで受粉をしてくれる相手に選んでるからね」
少し間を置いて、夏葵はぱっと表情を明るくした。
「そうだ。今晩、咲きそうな花芽があるんだった。すごく綺麗なんだけど、よかったら見ていく?」
「あっ、はい……」
気づけば、今晩もここに泊まる流れになっていた。けれど秋穂には、行くあても、帰る場所もない。
だからそれを断る理由も、特に見当たらなかった。




