アントニオ①
読んでくださり誠にありがとうございます。
私はアントニオ・バーンベルク。7歳になりました。
以前は79歳まで生きました。
ただその最後はかなり突然でした。
あれは正月にお餅をのどに詰まらせてしまったんです。
苦しかったなぁ。
そして死んだら、この世界に来てました。
正直なんでもう一回人生やらないといけないのか分からないと思っていた。
だって特別思い残すようなことは無かったから。
確かに餅を喉に詰まらせるなんてしょうもない死に方だと思う。
でも、もうどうすることもできないし、それでいいと思っていたのに、いつの間にか転生していた。
ただ、記憶を引き継いで転生なんて珍しいことができたのだ。
前世を覚えているなんて、自称で言っている人はあっちにもいたが、自分がそうなると正直こんなものかという程度で、特別崇めたり、何か尊い存在という事もないなと思えた。
ただ、新たにできることに、喜びが無い訳ではない。
だからこれからの人生をどう楽しもうかと思っていた。
生前、私は見た目が不細工だったから誰とも付き合えずに童貞のまま死んだ。
今生では必ず息子に活躍できる場を用意したいとそれだけでいいからやりたいと思いついた。
だからそれ以外はのんびり適当に生きられればいいなと思って気楽にしていたのだが、最近勉強を始めた妹がどうやら意識高い系の奴らしいと聞いて、少しうんざりした。
上に少しプライドが高いというか、マウントを取らないといられない症候群な感じの奴がいるのに、下には意識高い系だ。
これから色々比較されるだろうなと思うと、憂鬱だった。
明らかに取り合わせが悪い。
気にしないとしても限度というものがあるのだから。
妹は最初全く喋らないから、言語障害があるのではないかとか、喉がつぶれているのではないかなんて噂があった。
お気の毒にと思って、ちょっと手でも貸してあげようかと思っていたのだが。
しかしただ喋らないだけの変わったやつだった。
それはそれで手が掛かるが、影響がなければこちらとしては構わない。
今世では愛に生きると決めたからね!
ただ講義が進むにつれてのめりこむ様に集中するステフを見るとちょっと怖くなった。
人はこんなにも集中できるのだろうかと思う姿だったから。
目がヤバい。
教えられることを水を飲むように吸収しているのが分かる。
しかも満足せずにどこまでも追及する姿に狂気を感じた。
だから良かれと思って息抜きを薦めたら、めちゃくちゃ説教された。
精神年齢ニアリー90の私でも涙目になるほど真剣な顔つきだった。怖い。
そんな彼女でも苦手なことがあった。
それは雑談やゆとりを見せることだ。
答えが在るものを答えるのは簡単なようだが、会話を楽しむとか、優雅に見せるというような貴族には必要になるスキルには全くなれない様子だ。
多分真面目過ぎるあまり、肩に力が入り過ぎているのだと思う。
一部の隙も無い行動では優雅さは生まれいのではないかと思うのだが、どうにも上手く伝えることは自分には出来そうもない。
私には教育者になる資格は無いのだから。
どうにも苦戦している様子が少し歯痒く思えるが、自分で気づける時が来るだろう。
あんなに努力家なのだ、心配はない。
そしてあの本家で行われるお披露目会の開催が宣言された。
毎年この宣言を機に色々と周りがバタバタするからどうしてもこちらも焦らされる。
特にメイドや使用人は大変そうだ。
おもてなしは勿論、掃除や庭の手入れは大変だ。
冬の間近なのだ、落葉樹の葉は掃いても掃いても終わらない無限ループに思える。
そして毎年のことだが、親類の子供たちが集まる。
叔父たちの子供は特に注意が必要だ。
皆張り合い貶し合っていることが多いのだから。
そういう人には道を開けるのが私流なのだが、今年はステフもいる。
さらに荒れることが予想された。
ステフは自分から多くを語らないけれど、見た目も美しいとは思うが、目つきがいつも真剣なのだ。
張り合うことが好きな従妹はあの目で見られたら、基本絡まずにはいられないのではないだろうか。
ため息しか出ない。
私は争わない方向に進みたいんだ。
巻き込まれることには備えねばなるまい。
そして出席者名簿を確認し覚える為に兄妹で集まることになった。
兄は支配者気取りを抑えることができないのだ。
マウントを取って、話の主導権を握らずにはいられないらしい。
こちらが下手に出ることで心地よい話題を膨らませることで終わらせたいと思うのだが、それをステフにもしてほしいらしい。
混ぜるな危険
ふと前世の液体洗剤に記載されているあれを思い出す。
ステフは兄の性格を知らないだろう。
ほとんど一緒にいるところを見たことないし、講義とかは別だ。
9歳離れているのだから仕方がないとはいえ、あまりに取り合わせが良くない。
ただ、兄に何かを吹き込むにしても、ステフに抑えるよう言うにせよ、私の話を二人とも聞きやしないだろう。もうどうにでもなれと思って手放すことにした。
案の定、事は起こるべくして起こる。
兄の支配者ムーブに対して合わせていると、兄はステフの方をチラチラ確認するのだ。
本当に小さい奴だ。どっしりと構えることができないモノか。
ステフもド正論をぶつける。
それはステフにとってはちょっとした注意のつもりだろうが、年配者はそれを言われると自分の至らなさを見ることになり、辛いのだ。
なんだかんだ言い訳して、やらないでいた宿題を見つけられて、掘り出された気になり、何も言えなくなってしまうのだ。
それをステフのせいにするのは可哀想だが、それは『言わない約束』という、そんな昔の暗黙の了解があったのだが。それについては学んでくれそうにない。
ただステフのいう事は正しい。正しいから苦しくなる。
私の悪い癖はここでも健在なのだ。
確かに『ことなかれ主義』と言えば無害なイメージがあるが、無害は誰にも相手をされないとイコールである。よって軽く扱われる。
何をやっても穏便にするという事は全てを譲ることになる。
得ることも避け、奪われることも容認する。それが争わないという事の本質。
法律を盾に声を上げれば、どうにかなるなんてことは、強者から見たら弱者の僻みで、いつの間にか消されてしまうのだ。
声を挙げ続けるのは強者の行動で、弱者はそんなに続かないのだ実際。
まあ、それが弱者たる由縁な訳だが。
私は戦争経験から戦いは悪いものだという教えを長いこと受けていた。
その結果誰とも争わず暮らした。
それが誰とも本気で関わることのない生活につながったのだ。
多分私は真面目だったのだと思う。
皆はそうはいっても譲れないというものを見つけ守ったのだ。
それを見つけようとせず、ただ平穏に、平和に、スムーズに生きることだけに固執してしまった末路だったんだ。
今もそうだ。兄のあの所業を野放図にする。
己可愛さで逃げている。
こんな私が誰を本気で愛せるだろうか。誰を守ることができようか。
世界を自分に都合のいいように変えようなど、どう頑張っても一人の人間には手に余る。
それより、自分が世界に合わせる生き方の方が理にかなっている。
人に合わせるのではなく、世界に合わせる生き方だ。
自分の居場所を作るには己がしっかり屹立していなければならない。
流されるのではなく、合わせていく。
生前、哲学めいた書籍を年老いてから読んだときに、「何を今更」とこぼしたが、今は違うじゃないか。
それに本当は知っていた。
あの時でもすぐに変えることができたことを。
それまでの自分のつまらない過去が、あのそれほど大切とは呼べないような代物であるあの過去を、後生大事に抱え続け守っていただけだ。
はぁ、これは神が私にもう一度変わる機会を作ってくれたのかもしれない。
違う世界に来たからと言って、己を変える覚悟と度胸が無ければ、似たような人生を送るかもしれない。
金があれば、地位があれば、特殊な力が備わっていれば、と思ったが、実際己の行動が同じならば、未来は似たようになる。当たり前だ。
違う未来が欲しければ、違う行動を選ばなければならないのだから。
同じことをするために生まれてのか?
違うことをしたいと思ったではないか。
ならば変えることを、挑戦することを選ばなければならぬ。
しんみりと想いながら天井を見上げた。
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