1.2
二話連続で読んでくださったあなたは素晴らしい。
才能があります。忍耐力があります。生まれてきてくれてありがとう。
喋れると分かったのだからしっかりとした教育が必要。
という事で、私にも家庭教師というものがつけられる。
先生はダニオ・コンテという人で、次男の家庭教師が私にも教えてくれるという流れだ。
40代の綺麗な誂えられたスーツを纏い、ふんわりウェーブの長髪がいかにもナルシストを思わせる。
なんだか歌うようにしゃべるのはこの人の癖のようでとても面白い。
私には以前の知識があるので物覚えも早ければ、精神的にも大人なので比べられる次男には可哀想に思うが、先生がやれという事は大抵できた。
あとここでもドヤ顔で親指を立てれば、オッケーというサインになるのは大変助かった。
簡単な文字と数字、計算練習が今の範囲のようで、それでは物足りない私は家の書庫でとにかく本を読み漁ることにした。
私はサリバンという乳母のようなメイドと書庫に行く。
だが、これまでが長かった。
読み終わった本を持って「他の」と言い続けて、漸く書庫へ連れて行ってもらえるようになったのだ。
この間、一週間は家にある子供向け本を読破し、しれっと同じものを出されると、しっかりと指摘して漸くいけるようになったのだから。
それまで読んだのは大体物語のようなものが多く薄いのだ。絵本に近い。
まあこういう物語も常識を知る上では役に立つのだが、現実とフィクション、どっちの話だと類推することができないから困る。
そうやってやっとここまでこれたのだが、書庫の本は分厚い。そして重い。
今一人では読めない。
ただ、サリバンが一緒なのだ、私のやりたいことを瞬時に察してくれる。
私を抱えて座り、本を開き、私は指で読んでいるところを指しながら読み終わりに来るとページをめくってくれる。
この繰り返しでやっている。
時間はかかるが、とても有意義な時間になる。
こうして今おかれている状況を大体把握できた。
この国はニーデル王国という名前で、家名はバーンベルク。
辺境伯という地位で、山や湖を挟んで隣国ローゼン帝国と面した領地を持ち、その国境警備を任されている。
貴族の格も辺境伯は公爵とほぼ同格という事で高い位である。
ニーデル王国の歴史は、昔精霊の楽園だったこの地を精霊に愛された初代王様が今の国土を引き受けたという形で始まったらしい。
精霊と共に色々な土地を人が住めるように開拓したとあるので、人と精霊は実際に協力できたようだ。
しかし、人が増えるに従い精霊の姿は見えなくなり、今ではほとんど見なくなったとある。
そんな精霊と歩んでいたはずの王国だが、宗教は精霊を崇めるものではなく、自然崇拝が国教になっている。
自然の至る所に神はいて、常に我らを見守っている。
それが簡単に言う教義であるが、聖書や経典、偶像などは存在しない。
日本人にはなじみやすい信仰のように思った。
精霊は友であり、神ではないというのがこの国のスタンスという事で、お隣の精霊信仰の帝国とはどこか価値観の違いが生まれて外交問題になった出来事が載っている。
我が家は国境に接しているという事もあり、外交関係についての書物が割と多い。
あとは我が家の歴代の当主を褒め称える本、所謂自叙伝である。
多分自画自賛が多いように思う。
今の当主のお爺様が553代目である。
長い。長すぎる。
人の寿命が60としても三万三千年以上、勿論早く代替わりがあった時期があったにしても、途轍もない歴史がここにはある。
ただ本はさすがに初代からあるわけではないようだ。ざっと計算しておそらく200から250かな。
それでも語り繋いできている歴史は恐ろしく長い。
ただこの褒め称える本に書かれてあることは、この家の当主が最も大切にして、誇っている事だ。
私がどう生きるかを考える上ではとても重要な本になると感じた。
他人と大切な部分を共有しているかどうかで話の長さが決まる。
私の場合は特に重要といえる。
紙や紙質の違いが文明の変遷を感じさせる書物たちだ。
全て手書きで、多少難読のモノは在れど、全て一点ものである。
間違いなく家宝といえるだろう。
これだけ本があるからもっと学術書があるのかと思いきや、ほとんど無い。
勿論当主の執務室や書斎などは入らせてもらえるならば、違うのだろうが、ここにある本を読むだけでもまだまだかかる。
「他の」は全てを読破し、違いを見抜ける洞察力がなければ使えないのだ。
有益な本であることは確かだ。書庫完全読破に精を出していると、マナーと武術の授業も始まった。
マナーは立つ姿勢、歩き方がメイン。
これは武術の授業でも役に立つ。立ち方が全ての始まりだ。
それが身につくまでとにかく練習あるのみなのだ。
こういう終わらない修行というのは楽しい。
だってしゃべる必要がないから。
ただこれもアントニオことトニーと一緒だから、隙を見ては話しかけてくる。
「なーステフー、もう少し気楽にやったらどうだ?」
「・・・」
私は基本やることをやる時は集中したい。当然目の前のことにだけに真剣になる。
「武術の稽古なんだよ。女の子なのになんで私まで!って怒ってもいいのに~」
「・・・」
「そんなに頑張って何になるつもりなの?」
「・・・・」
「なぁ、ね~ってば~」
この日初めてイライラが限界を超えた。
ふーっと息を吐いて吸い直す。
「いいですか、兄様、この家に生まれたという事は国を守るという事です。性別は関係ありません。誰であろうが、死んでもここを抜かれる訳にはいかないという事を体現できなければなりません。私が一生懸命しているのに、兄様はなぜ手を抜こうとするのですか。理解できません!私のように無心でやれば、兄様はもっと成長できるでしょうに。逆にそれをせず、手を抜いてあなたは何になるおつもりですか。そこに誰がついて行きたいと思うでしょうか。誰もついてきてくれなければ、あなたは一人ぼっちで何価値もなく、むしろ民の金で飯を貪り排泄する役立たずになりますよ。それでいいのですか!兄様の未来は今のあなたが作るのですよ!喋っている暇があれば、もっと上を目指しなさい!」
と早口で言ったら、伝わったのか、しゅんとした。
しまった。
スッキリしてから気づく。
だから喋りたくない。
以前の飛騨真理という人間がcoolと噂されたのは、しゃべらないからだけではない。
場を凍らせるような言葉を放ってしまう人間だったのだ。
§
飛騨真理という人間は能力が高かったわけではない。
むしろ普通よりは劣ると評価された人間だった。
だから多くの努力が必要だと思い、それをただ愚直にしていただけである。
誰だって鍛えればできるようになる。
同じ人間にできて私にできないはずはない。
という思いだけで努力をしていたのだ。
勿論、負けたり、劣ったりという結果を受けることはあったが、それは次への励みにしただけである。
一流大学の受験に失敗し、二流大学に進学したが、それだけだ。
結果は現状でしかない。
未来を決定するものではない。
努力を続けたからこそ、仕事での評価は一流大学卒より高くなったのだ。
まあそれで体が壊れたのだろうが、そこに悔いがあるわけではない。
実際に死んで思ったのだから間違いない。
体なんてものはいつかは必ず壊れる。遅いか早いかの違いでしかない。
濃密な時間は満足でしかなかった。
他人が下す評価や心情ほどあてにならないものはない。
誰が何と言おうが、私は満足した人生だったと言い切れた。
そういう割り切りで生きる飛騨真理だから、怠けるやつの気持ちが全く分からず、正論、いやド正論をぶつけることがしばしばあった。
相手はぐーの音も出ずに黙るか、負け惜しみを吐くしかなかった。
偶に暴力などで応戦されることもあったが、こっちも返礼するのは忘れない。
己を曲げずに生きることが飛騨真理の信念である。
だからといって周りと不和を生むことを善いと思っている訳ではない。
だから極力口を開かない試みをしている。
他人の人生に口出ししていいことは無いと途中で気づいたのだ。
己を開放するという自己顕示欲は見せない、それが己を高めてくれるのだと信じていた事もある。
ただ今回はステファンの忍耐力も歳相応に低いこともあったのかもしれない。
言い過ぎたと反省せずにはいられなかった。
「兄様」
しゅんとなったトニーに声をかける。
今まで何を言っても場を凍らせることしかしてこなかったため、言葉に迷う。
なんと言おうか迷っている顔がトニーにはステフが悲哀に満ち、後悔し、泣きそうになっている様に映った。
そう感じたので先に言葉を出した。
「私だってバーンベルクの人間だ。家の恥にはなりたくない」
そう言い残し素振りの練習を始めた。
ステファンは相手の気持ちを読むことが得意ではないことを自覚している。
だからどう考えたかなど類推しない。
結果練習を始めた。
そのことに満足し、自分も続けた。
そんなステファンにも難題にぶち当たる。
社交と言われるお茶会だ。
これは母やお婆様とお茶を楽しむことが目的だが、会話に対して苦手意識があるステファンにとっては中々の難敵であった。
初日担当してくれたのはお母様だった。
「ステフ、あなたの親指を立てるゼスチャーはお茶会ではしてはいけません」
第一回目の先制攻撃で、母により特大の大釘を打ちこまれた。
晴れていたはずなのに、雷鳴と突然の嵐の錯覚が襲う。
もうこの時点でステファンは己の視界がぐにゃりと歪み心の中でザワザワと何かが揺らいだ。
顎も少し尖ったかもしれない。
「会話を楽しめるような言い回し、表現することを習うことが大切です。お茶会の作法はそれほど難しくはありませんよ。何度も繰り返しながら、慣れればいいのです。直接的で率直な表現は美意識に欠けると判断されますからね。それをこれから少しずつ覚えて、直していきましょうね」
そういわれ、思わず親指を立てそうになったが、もう一方の手で押さえ、真剣に頷いた。
「ステフ、あなた先日アントニオに向かって叱責したようですね。・・・・それはあなたらしくありませんね。周りに人がいたのでしょ。それに対して気を配ることを忘れてほしくありません。・・・できますね」
穏やかに言われたが、人が見えないところでやりなさいという事だろう。
私は真剣にコクリと頷き、お茶を飲む。
それに対して、母の笑みが深まった。
何か失敗したのかもしれない。
「最近はどうですか」
出た。
「どうですか」という質問には一番困る。
多様性が高すぎて色々なことが浮かんできて、あれもこれも口から出たいと押し寄せてしまい、結局詰まって言葉が出せなくなってしまう。
これに対しての対策は前世から決まっていた。
「最高です」
と答える。
これはステファンいや飛騨真理が編み出した『多様性には多様性を』の精神からくる最高の返しである。
基本ステファンは何にも不満など抱いたことがない。
現状にも未来にも不満などないのだ。過去に心残りがあったり、悔しさがあったりするが、それは今後超えるべきものだというだけで、あることに不満がない。むしろ超える壁が分かって嬉しいくらいだ。
だからこの「最高です」は本心で嘘偽りない、渾身の一言なのだ。
しかし、これしか言ってくれない母は不満なのだ。
お茶会は楽しい場を作ることが必要になる。
これではさらに深く質問を浴びせ続けなければ会話が続かない。
話題を提供しないのは直す必要があると感じる。
母はさらに笑みを深くし、少し引きつり出した。
「それ以外で答えなさい」
ステファンはこうなるといつも黙ってしまう。
本来は自分の近況であった楽しいと思った事や美しいと思ったことなどが適当ではある。
分かるのだが、それはその時の思い出の中だから面白く美しいものである。それを伝えようと思うと言葉が押し寄せてきてどこから話したものか分からなくなり、出てきてくれない。
取り留めなく話してしまうことがいけないと分かっているから、また余計体がフリーズしてしまう。
母親としては何でもいいし、話し方がまずければそれを訂正したり、上手く話せるようにするのがこの場である。
楽しそうに話してくれたらそれだけでうれしかったりするのだが、何を思っているのか分からない我が子に手の出しようがない。
母の「はー」というため息だけが大きく聞こえる。
「上手くできないことはまだ伸びしろがあるという事よ」
と慰めてくれたのだが、ステファンは腕を組み真剣な顔で唸り続けるのであった。
それから数か月が過ぎた。
そんな中、晩餐の席である。
領内の主要メンバーを揃えたパーティーが開かれる日程が当主のお爺様から発表された。
今回も最後まで読んでくださりありがとうございます。
本当にうれしいです。
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