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最強公爵は推し活令嬢を溺愛したい!〜しかし全てが空回る〜  作者: 白波さめち


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【閑話】ある伯爵子息の恋物語1


ネイトの恋物語です。



 クレアとの出会いは、俺の家と親交の深い侯爵家でのお茶会だった。


 同じ年頃の子息令嬢達と関わりを持たせるために、子供が一定の年齢を超えると母親達は子供を連れてお茶会に参加する。


 主な目的は、将来の縁談相手や社交界での人脈づくりをさせるためなのだが、これが俺には苦痛で仕方がなかった。


 人脈作りとは言うが、基本的に身分の高い者にしか相手を選ぶ権限はない。


 身分が低ければ低いほど高位の人間には逆らえない貴族の身分制度は、子供の世界にも適応される。

 子供ともなれば相手の要求も無茶なものが多く、ごく普通の伯爵子息でしかない俺は度々面倒に巻き込まれた。


 上位貴族の面倒さとは自分で手を汚さないことだ。

 これだけ言えば、どれほど面倒か分かるだろう。


 それを上手くかわす術もまだ身につけられていない子供だった俺は、物理的に距離を取るしか方法がなかった。


 侯爵家の中にある小さな林の中、彼らから見つからない場所を探す。


 そこで出会ったのがクレアだった。


 彼女は誰も来ないような林の奥で木の根元に座って詩集を読んでいた。


 彼女が子爵家の令嬢だということは知っている。よくこの侯爵家のお茶会で一緒になるが、彼女が楽しげに他の令嬢と遊んでいる所を俺は見たことがない。

 

 おとなしい性格の彼女はいつも他の令嬢達の話に上手く合わせることができず、一人で立ち竦んでいる所をよく見かけた。

 

 彼女もきっとあの苦痛に満ちた空間から逃げてきたのだということはすぐに分かった。


「悪い。人がいると思わなくて」

 

「私こそ……ごめんなさい」


 そう言ってクレアは詩集を閉じて立ち上がる。

 ここは彼女が先に見つけた場所のはずなのに、身分が上である俺が来たから彼女は譲った。


 ただそれだけの話が――無性に腹立たしく感じた。


「別にここにいていい。君の邪魔はしないから」


 そう言って引き留めると、彼女は穏やかな灰色の目を瞬かせて「ありがとう」と微笑んだ。


 彼女はまた座って詩集を読み始めた。

 俺は木の棒を探してみたり、空を見上げたりと特に何かをする訳ではなかったが、母親達のお茶会が終わるまでの時間をそこで潰した。


 社交場の張り詰めた空気とは無縁の、ただ居るだけで呼吸ができるその場所は、俺にとって唯一の安息場になった。

 

 それから、お茶会がある度に俺はこの場所に来た。

 クレアも度々この場所を訪れた。


 クレアはいつも木の根元に座って本を読んでいる。

 時折、彼女が本を読み終わったタイミングで二人で話した。

 

 刺繍を刺したりすることも好きらしいが、本の方が持ち出しやすいらしい。

 どんな本を読んでいるのかと見せてもらったことがあったが、俺には難しくてよく分からなかった。

 

 どちらかといえば体を動かしている方が好きなので、ずっと本を読んだり、刺繍をしたりする方が好きだという彼女の好みはよく理解できない。

 

 でも、無理に気を使わないでいられるこの時間は嫌いじゃなかった。


 そしてある時、男爵家のご令嬢から練習で刺したという刺繍入りのハンカチをもらった。


 身分の高い横暴な貴族子息とつるむのをやめたからか、令嬢達から話を振られることが増えていた矢先のことだった。

 初めて女の子からもらったソレが無性に嬉しくて、それを俺はつい見せびらかすようにクレアに話してしまったんだ。


「良かったですね」


 彼女はただ一言、困ったように微笑みながらそう言った。


 それが無性に悲しく、腹立たしく感じた。

 その感情でーー初めて自分の恋を自覚した。


 本当はクレアから刺繍入りのハンカチを貰いたかったのだ。

 彼女が刺繍を好むことはずっと前から知っていた。

 だから、男爵令嬢がくれたハンカチを彼女に見せびらかしたのも、クレアが対抗してくれる事を心のどこかで期待していた。


「いいだろう?」

 

 その期待が外れて勝手に悔しくなっている。

 そんな自分をクレアに知られたくなくて、咄嗟にそう言って笑顔を作った。

 

 それから少しずつ、伯爵家という高くもなく低くもない身分の中で生きる術を身につけた俺は、かなり生きやすくなった。

 

 令嬢達は噂好きだ。好んでいる男性が他の貴族から横暴な攻撃をされれば、それは一瞬で令嬢達のお茶会の噂になり、場合によっては評判を落としかねない。

 下位の令嬢に優しく接し好意的に見られることは、少なからず俺を高位貴族達の横暴から身を守ってくれる防波堤の役割をしていた。

 

 そのうち母親についてお茶会に行くような年齢で無くなった俺は、クレアと二人きりで会うことも無くなった。


 だからクレアのことなんて、時間が経てば簡単に忘れられると思っていた。

 

 それなのに、俺はいつまで経ってもクレアへの想いを忘れることなんてできなかった。

 貴族社会に染まれば染まるほど、あの時のような居心地がいいと感じる時間はなくなっていく。


 それを追い求めるようにクレアへの想いは募っていった。

 

 

 

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