姫を助ける王子様は、時に一人では足りないのです
王宮での夜会が国王の開会宣言と共に幕を開けた。
全貴族と外国から来た要人達の視線が降り注ぐ中、王子の入場が行われる。
ウィリアム王子は鮮やかな黄色のドレスに身を包んだフローレンスをエスコートしながら入場した。
王位争いから抜けたはずの第一王子が最初に入場したことで、下位の貴族達や外国の要人が俄かに騒ぎ出す。
赤い絨毯の上を並んで歩くウィリアムとフローレンスはこの国の全ての希望が詰まっているかのように輝いて見えた。
そして次にコンラッド王子がロレッタをエスコートしながら入場した。
ロレッタのドレスはフローレンスの衣装に準ずるものだ。これで全ての人間に第一王子に第四王子は与するということが公式に示されることとなった。
王位争いから降りていたはずのウィリアム王子が圧倒的な支持を得て復帰したこと、そして第四王子までもが彼に与した事実に、今まで事態を知らなかった地方の貴族たちは息を呑んだ。
外国の要人たちの間からは諦観と納得が混じったような空気が静かに広がる。
会場内の空気が静かに騒がしくなる中で入場したのは、第二王子と男爵令嬢だ。
勝ち誇った笑みを浮かべながら胸を張る男爵令嬢に、第二王子はこれ以上もなく温かな視線を向けていた。
うん、この二人はもう勝手に幸せになっていればいいと思う。
最後に――。
ブラッドフォード王子がセレスティナをエスコートしながら入場した。
王位継承権を持つ王子の中で最後の入場者であるにも関わらず、彼は自らが主役とでもいうように堂々とした姿を見せる。
その隣には、まるで婚礼の衣装のように白銀色のドレスを着たセレスティナがいた。
この場を、まるで自分達の婚礼のように印象づけることで貴族達の意識を彼は乗っ取っていく。
彼の真の恐ろしさは、ウィリアムとは違う形の……この圧倒的なカリスマ性だ。白を黒に強引に変えて、それが当然であるかのように周囲を納得させてしまう。
しかし──私は彼に立ち向かう。
セレスティナを彼の道具にはさせない。
彼女を世界で一番愛しているのは私だ。
階段を降りた二人の前に、私は圧倒的な無礼を承知で立ち塞がった。
「お待ちください」
「なんだ?アークレイ公爵。ついに公爵の地位を捨てることにしたのか?」
ブラッドフォード王子の紫色の瞳が楽しげに光る。
私はそんな彼の言葉を無視して、セレスティナの前に手を差し伸ばした。
「セレスティナ。私の元に戻ってくれないだろうか」
セレスティナの緑の目は真っ直ぐ私を見ている。
だが、その瞳の奥には光がない。私の姿は、まるで磨りガラスを通した風景のように、彼女の意識に届いていないのがわかった。彼女の心は、この場からも、私からも、すでに遠い場所に去ってしまっている。
ただ無感情に立ち尽くすセレスティナに、手を差し伸べる私。その光景を、まるで滑稽な喜劇でも見ているかのようにブラッドフォードは笑った。
「セレスティナはお前など眼中にないそうだ。残念だったなアークレイ公爵」
その言葉と同時に、周囲からくすくすと笑い声が聞こえた。それは──第三王子の勢力下にいる貴族達の笑い声。
「残念なのはお前だ。ブラッドフォード王子」
第三王子の支持者たちの嘲笑が響き渡る中、その場を一瞬で支配するような威厳を帯びた声が、大広間の笑い声の全てを切り裂いた。
私が振り向くと、ウィリアムが赤い絨毯の上を引き返し、こちらへと歩みを進めていた。
「私はこの場でそなたの誤った権力の使い方を糾弾させてもらう!」
ウィリアムはそう高らかに宣言し、大広間に集まる貴族達を見渡した。
ブラッドフォードにはないこの威厳ある立ち振る舞い。それだけで、ウィリアムは貴族達の視線を一気に己に集めた。
そしてブラッドフォードと正面から対峙する。
「ブラッドフォード。君はもうすでに何人もの令嬢を、その強権を使い他人から奪い取ってきた。相手を貶め、自分の立場を強くするためにな。そのような権力の使い方を私はこの国の第一王子として許すわけにはいかない」
彼は鋭い眼光で大広間の隅々まで見渡し、そこにいる全ての貴族達に問いかけた。
「彼のその圧倒的な強さに惹かれる者も、この中にはもちろんいるだろう。しかし考えてみてほしい。彼のこの権力の使い方を許してしまうことの恐ろしさを。君達は娘や妻を、権力というただの暴力で奪われても本当に後悔しないのか?彼を認めるということは、彼の権力の使い方を受け入れるということだぞ」
「そのようなことを認める訳にはいきません」
会場から彼に賛同するように大きな声が上がった。そこに目を向けるとエイブラハムとネイトがいる。
彼らの言葉に、それまでブラッドフォードのカリスマに傾いていた貴族たちの空気が潮のように引くように感じた。迷いを抱いていた中立派や、第三王子の強引なやり方に反感を覚えていた者たちの顔に、安堵と決意の色が浮かび始める。
「彼の掲げる後宮制度……。あれを成立させたいと考える貴族がいるのも愚かなことですね」
貴族達にわざと聞こえる声でそう漏らしたのは、ソフィアを連れたサイラス辺境伯。
「どのような身分の令嬢でも皇后になる平等性と機会を掲げているそうですね。でも、貴族社会が関与できない後宮という隔離された空間に、各家から令嬢を集めるなど正気の沙汰じゃない。そこに平等性などが本当に存在するとでも?ただの詭弁だ。令嬢達は権力に逆らう者が出ないようにするための人質だということが分からないのか」
サイラスの冷徹な声。
しんと、その場は静まり返った。
貴族たちは、その言葉が突きつけた真実の恐ろしさに顔色を失う。そして再びザワザワと、恐怖と困惑に満ちた小さな声が至る所から聞こえ始めた。
「この国は……後宮制度を取り入れるつもりなんですか?」
冷やかな声が外国の要人の集まる場所から聞こえてくる。
そこに目を向けると、妹をエスコートしている隣国の王子が国王に冷たい視線を送っていた。
貴族達の視線は、動揺を隠せず顔を青くしている国王と、抑えきれない怒りと憎悪で瞳を燃え上がらせたブラッドフォードに注がれる。
そこに追い討ちをかけるようにウィリアムは笑みを見せて私の肩を叩いた。
「ブラッドフォード。君はアークレイ公爵が強権を使って婚約を強要し、成立させていたと言ったな。セレスティナ嬢の意思は無視されていた……と。それが本当か、確かめてみようではないか」
私に大広間の視線が一挙に集まった。
セレスティナは感情のない視線を私に向け続けている。
私は──彼女の前に跪いた。
「セレスティナ。私は君に……嘘をついていた」
その言葉にぴくりと彼女の頬が揺れた。
「私は……実は他人の美しい恋に興味はないんだ」
言葉が放たれたと同時に、セレスティナのエメラルドのような瞳に涙が浮かぶ。
それは明らかな悲しみの涙だった。私は彼女の涙が浮かぶ瞳を真っ直ぐに見つめて「でも」と言葉を続ける。
「でも君が他人の幸せをまるで自分の事のように喜ぶその笑顔に……私は恋をした」
セレスティナは信じられないというように、その目を少し見開いた。
彼女の瞳にはただ一人。
正真正銘、私だけが映っている。
「君の喜ぶ顔が見られるならば、私はこの国を、君の愛する美しい恋で溢れる場所に変えていこうと思う。だから、セレスティナ・ベオグラード。私の妻になってくれないか」
そして──私は彼女に、これ以上ないほど情けない笑顔を見せた。
「君のことを心から愛しているんだ」
彼女の頬は一瞬でバラが咲いたように上気する。
しかし彼女の瞳に映るのは、この言葉が真実かどうか分からないという繊細な戸惑いの色。
彼女はブラッドフォードの腕を掴む手をそっと離し、所在なさげに胸の前で両手を握りしめた。
すると貴族達の中から一人の令嬢が、赤い絨毯の上に飛び出した。
シャーロットはブラッドフォードに一瞥もくれず、セレスティナの隣にそっと寄り添うように立つ。
「お姉様。お姉様のロマンス好きに、人生を捧げて付き合ってくれる男性はアークレイ様の他にはいませんわ。これこそ……お姉様の大好きな、美しい恋のお話でしょう?」
シャーロットはそう言って、笑顔でセレスティナの背中を押した。
一歩前に出たセレスティナ。
彼女は決意したように顔を上げ、これ以上ないほど美しく、蕩けるような笑顔で私の手を取った――。
『姫を助ける王子様は時に一人では足りないのです』
初めて会った時のセレスティナの言葉が脳裏に過ぎる。
本当に――セレスティナはいつも正しい。
ここまでお読みくださりありがとうございました!
次のエピローグでおしまいとなります。




