愛を信じられない侯爵令嬢
「一体どういう事ですか!!!」
シャーロットがテーブルに掌を叩きつけた音が、公爵邸にある私の執務室に響いた。
どういう事なのか私こそ聞きたい。
セレスティナと共に権力を失った私は、謹慎を言い渡され王都にある公爵邸で過ごしている。
そこに怒りに燃えたシャーロットが怒鳴り込みに来たのだ。
「何故、お姉様がブラッドフォード王子の婚約者になっているのですか?!」
散々と捲し立てたシャーロットは突然俯き、力無く「アークレイ公爵ならお姉様を任せられると信じていたのに」と呟いた。
その言葉に胸が切り裂かれる。
私は自嘲の笑みを浮かべ、俯くシャーロットに視線を向けた。
「何故……とは私が聞きたい。セレスティナは私の手を取らなかった」
私はコンラッド第四王子のお茶会で起こった一部始終を彼女に話した。
全てを話し終えた彼女は、私を冷たい侮蔑の目で睨みつける。
「私は……アークレイ様に、お姉様の心を解きほぐせと言いましたよね……?」
「それが……何だというんだ」
彼女の心は『他人の美しい恋』ただそれだけに注がれていた。
形式的な婚約者のままでは埒が明かない。
そう思った私はセレスティナを囲い込んで、ロマンスで釣り、形式的な婚姻に持ち込むつもりだった。
それならばセレスティナを誰かに奪われる心配もなく、ゆっくりと彼女との距離を縮めていけると思ったのだ。
「お姉様は……愛のない婚姻を恨んでいらっしゃるのです」
シャーロットは、悔しさを滲ませ握りしめた拳の震えを隠すように俯いた。その肩が微かに上下し、悔しさと悲しみで呼吸が乱れている。
「カランセベシュ家の先代は第一夫人しかいらっしゃいませんでしたよね。でも、アークレイ様は我が家の事情をご存知でしょう?」
もちろん知っている。
ベオグラード家には第一夫人と第二夫人がいた。
第一夫人はセレスティナとシャーロットを産み、何年も前に亡くなっている。
第二夫人はマーガレット、そして後継者である男児を産んだ。セレスティナの母の死後、第二夫人は侯爵の唯一の夫人となっている。
「父と母は、元々政略結婚でした。それでも仲は良好だったのです。しかし結婚後何年も子ができず、父は密かに母を裏切っていました」
ポツリポツリとシャーロットは俯いたまま話し始めた。
彼女の手は震えを止める為にきつく握られ、指先が白くなっている。
「父が彼女を我が家に連れてきたのは、彼女との間に男児が生まれたことがきっかけでした。もし……もしわたくしが男だったら……父は愛人を第二夫人に押し上げることも、母に何年も前から裏切っていたことを告げるつもりもなかったでしょう」
セレスティナとよく似たエメラルドのような緑の瞳。そこから雫が溢れ、絨毯にシミを作った。
「父の裏切りに母は壊れました」
セレスティナと同い年のマーガレットの存在は彼女の心を壊した。
セレスティナの母は裏切っていたことをひどく責め立て、そのうち父の形式的な愛情すらも向けられることは無くなったという。
「そんな母と父を見て育ったお姉様は、まるで真実の愛を求めるように他人の美しいロマンスにのめり込むようになったのです。お姉様は、誰よりも愛を欲しているのに、誰よりも愛を信じていないの」
どんなに彼女に好意を向けても、彼女は全くと言っていいほど自分のロマンスに興味がなかった。
それはひたすらに、幼い時に植え付けられた父の裏切りが彼女をそうさせたのだ。
自分の愚かさが憎くて仕方がない。
何故彼女はこれほどまでに他人のロマンスにのみ心を傾けるのかと、ずっと思っていたはずなのに。
それと向き合うことを私は疎かにした。
──その結末がこれだ。
「ブラッドフォード王子の今後の天望の話はもう聞きました。後宮なんていう最低の制度のことも、そこにお姉様を第一夫人として据えようとしていることも」
シャーロットは真っ直ぐに私を見据えた。その瞳は、もはや私を姉の婚約者候補として見ていない。
裏切り者を断罪するかのような、冷たい怒りに満ちていた。
「貴方には失望しました。アークレイ公爵。わたくしは、夜会の準備がありますのでこれで失礼致します」
彼女はそう言って私に背を向け部屋を出た。
部屋に残されたのは、警備についていた騎士のライオネルと私だけだ。
「どうするおつもりですか」
ライオネルの発した問いかけに、私は何も答えることができなかった。
彼は沈黙を続ける私を見て、ただ静かに視線を伏せた。壁際から迷いなく足を進め、私の前に向き直る。
「私はただの騎士にすぎません。なのでアークレイ様に“きっかけ”すらも与えることはできませんが……」
ライオネルはそう言って少しだけ微笑んだ。
「せめて背中だけは押させてください。ちゃんと言葉にすれば、どんなに絶望的な状況でも愛は届くとそう私を導いてくださったのはアークレイ様でしょう?」
それは、あの状況下で愛するイザベラを得たライオネルにしか分からない……真実の言葉だった。




