【閑話】ある王子の恋物語2
フローレンスを気に入ったから連れ帰りたいと宰相に伝えると、彼は薄汚い目を光らせて喜んだ。
我が国からすればフローレンスが使用人と国王の間にできた娘であるなど知る由もない。王宮の最奥という外部から隔絶された後宮。そこで産まれた王子や王女達は、母親の身分に関わらず皆等しく王族だ。
私とフローレンスの婚姻は簡単に成立した。
そして──私は王位継承争いから降りた。
第二夫人の打診は「フローレンスに子供ができてから考えます」と断ることができる。
他国から嫁いできた王女というフローレンスの肩書きは、私と婚姻を結び強引に王位に押し上げようとする貴族達の思惑を防いでくれた。
今まで次期国王に近い王子として与えられていた仕事を全て他の王子に振り分ける。最初は反発も大きかったが、王族としての最低限の仕事と、誰もやりたがらない雑務だけを喜んで引き受ければ誰も文句は言わなくなった。
そして世継ぎを作るという王族の義務を果たすため、定期的にフローレンスの部屋に通う。
そこで私とフローレンスは最初の日と同じように二人でお茶を飲みながら夜通し語り合った。
最高の共犯者であり相棒として。
ただ──。一つだけこの契約に誤算があった。
私はフローレンスを愛してしまったのだ。
最下位の王女だというフローレンスは、これまで王妃としての教育を十分に受けてこなかった。
この国に来て初めて多くの教育を受けた彼女は、まるで吸水する植物のように、驚くべき速さで知識と美しさを開花させた。
その才覚は、国王や王子に嫁ぎ、王妃の座についてもなお余りあるほどだった。
そして彼女はいつも私に寄り添う。
私の心を一番に考え大切にする。
それはまるで──本物の夫婦のよう。
いや、それ以上の至高の理解者だ。
だからこそ、私に付き合い王宮内の雑務をこなすだけの日々は、彼女のこの才覚を握り潰しているように感じられた。
でも彼女との契約を破る事はできない。
彼女と本当の夫婦になるという事は、ようやく抜け出した王位争いをこの手に戻す事を意味していた。
王位に戻っても、戻らなくても、フローレンスをただ純粋に愛する事が私にはできないのだ。
国王になれば、フローレンスは私の妻から世継ぎを産むための『道具』になってしまう。
ならばいっそこのままで。
そう──思っていた。
「ウィリアム王子、貴方は間違っています。フローレンス様を“道具“にしたくないのならば、貴方がこの国を変えるべきなのです」
アークレイの事は警戒していた。
優秀な彼は本来、夜会の準備という裏方に配置されるべき人間ではない。恐らく私を王位継承争いに戻すため、真意を尋ねてこいとでも言われて派遣されたのだろう。
だからこそ『フローレンスへの愛』を語れば、この合理的な人間は、愛なんていう不確かな物で王位を投げ出すような人間に見切りをつけると思っていた。
そんな彼から『この国を変えるために王位を取れ』と言われるなんて微塵も思わなかった。
愛してもいいのだろうか。
フローレンスの才覚を本来の場所で輝かせ、私は彼女だけを誰に咎められる事もなく愛する。
そんな未来を作ることができるのだろうか。
アークレイの金色の目には偽りのない炎が宿っていた。
本当に彼はこの国を変えようとしている。
古びた慣習と腐敗した王室。それを一から組み替えるようという絶対的な決意がそこにはあった。
私は彼の手を掴んだ。
この国の未来を変えるために。
恐ろしいことに、王位争いに戻るための下準備は全てアークレイによって整えられていた。
アークレイから「手駒に使え」と回されたのはサイラス辺境伯、エイブラハム侯爵子息、ネイト伯爵子息。
国防の最前線にいるサイラスまで王位争いに簡単に引き摺り出せるアークレイの優秀さに脱帽する。
第四王子であるコンラッドはすでに私に臣下として仕える意思を表明し、絶対的な中立派を貫いていたチェスター宰相までもがアークレイと私に協力的だ。
私が政治から遠のいていた間に、アークレイはとんでもない人脈を築き上げていた。
しかし──ここで予期せぬ問題が発生する。
コンラッドが私に与する事を表明するために開かれたお茶会で、アークレイの婚約者であるセレスティナ侯爵令嬢がブラッドフォード第三王子に奪われたのである。
私は急ぎアークレイによって集められた『味方』を招集した。王宮にある私の執務室は、すでに以前のような王位継承最有力者の部屋としての重厚な調度と、滞りない人々の往来を取り戻している。
他の者を退室させ、彼らと分厚い執務机を取り囲む。
誰もが無言で、重い鉄塊のような静寂が部屋を満たしていた。
「形式上の婚約者?」
「……そうブラッドフォード王子は申しておりました」
コンラッドは理解できないとばかりに眉間に皺を寄せて報告した。
アークレイは強権を使って一方的にセレスティナを婚約者にしていたと糾弾され、今は王都にある公爵邸で謹慎処分を言い渡されている。
「どの口が、強権を使った一方的な婚約を訴えられるのだ……!」
チェスター宰相はそう言って机を拳で叩いた。
その場にいる全員がびくりと肩を震わせる。
……彼の感情の発露の方が驚いたなんてとても言えなかった。
「もちろん、アークレイ公爵はその場で訂正しました。しかし……セレスティナ嬢が彼の手を取らなかったのです」
アークレイが強権を使ってセレスティナと婚約を結んでいた?
俄かには信じられない話で困惑する。
アークレイは謹慎を言い渡されているため、話を聞きに行くこともできない。
セレスティナに事情を聞きたいがブラッドフォードがすでに厳重に囲っているだろう。彼女に事情を聞く事をブラッドフォードが許すとはとても思えなかった。
「形式上……には見えませんでしたけどね。辺境伯領で、彼はずっとセレスティナ様を視線で追っていましたから」
「確かに……そうですね」
サイラス辺境伯が漏らした呟きに、エイブラハムが何かを思い出したように少し吹き出しながら肯定した。ネイトも首を何度も縦に振っている。
思い返してみれば……王宮の夜会の準備を行なっている間も、彼の視線は気持ち悪いくらいにセレスティナを追っていた気がする。
そして、今までの彼からは考えられないような発言の数々、急激な変化。
それは一つの答えを表していた。
「……私と同じではないか」
彼女に恋をして彼は狂ってしまったのだろう。
――とても良い方向に。
「彼には大きな借りがありますから、返す時がきたという事でしょうか」
サイラス辺境伯も同じ答えに行き着いたらしい。
集まった者達は彼の言葉に頷いてみせた。
本編に戻ります。
ラストスパートです。
最後までお付き合い頂ければ嬉しいです。
よろしくお願いします!




