【閑話】ある王子の恋物語1
吐き気がする。
他国との親交を深めるために各国を訪問するという公務。王位継承に最も近い第一王子として、国王に同行した私は限界を迎えていた。
国王という大きな権力。
そんなものはまやかしに過ぎない。
実際は国内の権力を持つ重鎮達が国を動かしている。
最高の権力を持つ愚かな国王は、確かに国として困るだろう。しかし「ある程度」の素質とその国王を支える貴族の数が多ければ正直誰でもいいという現実。
では、国王の一番大切な仕事は?
それは優秀な次の王位継承者を作ることだ。
それこそ家畜のように。
国王は特定の妻や子供を愛してはいけない。
第三夫人を寵愛した我が国の王は、権力の使い方を間違えている愚者を未だに第三王子の地位にとどめ続けている。
国王の椅子に座ることが示す現実が見えてから、私はこの第一王子という地位を捨て、全力で逃げ出したい気持ちしか無くなった。
しかしその方法もきっかけも見つからないまま、私は今も国王の椅子に一歩一歩近づいている。
親睦を深めるための晩餐会は穏やかに終わった。
その国の次期国王とも親睦を深めることに成功した私は王子としてはこれ以上にない成果を出す。
晩餐会の会場から用意された客室へ案内されようという時に、その国の宰相がとても親切そうな表情を浮かべて口を開いた。
「ウィリアム王子の夜のお相手にこちらの王女を今回選ばせて頂きました。お相手にご不満があるならば交換も応じさせて頂きますので、その時は使用人にお伝えください」
その優しげな声に背筋がぞくりとした。
この国は小さいながらも最近急激に勢力を拡大してきた国の一つだ。
その国を取り込むために、今回私は国王と共にこの国へと足を伸ばした。
不気味な笑顔を浮かべ続ける宰相に詳しく話を聞くと、この国では他国の王子や国王をもてなすための『夜の相手』を王女にさせる習慣があるらしい。
私の国は貞操観念が強いことから、他人への『もてなし』のために娘を捧げるなどという狂った習慣はない。
「確かに他国は王子や王女の数が少ないですから、この国の“もてなし“に驚かれる方も多いですね。しかしご心配には及びません。この国には後宮制度がありますので、王子は十五人、王女は二十人いるのです。もしウィリアム様が今回の王女を気に入っていただけるならば、お妃や愛妾にしていただいても構いません。生娘を用意させていただいたので、そちらの慣習とも合うでしょう」
吐き気がする。
吐き気がする。
吐き気がする。
この国が最近勢力を伸ばしている理由を理解した。
彼らは後宮制度と呼ばれるもので大量の王子と王女を生み出し、他国の王族や自国の貴族へ嫁がせることで勢力を伸ばしているのだ。
我が国でも婚姻は政治的目的に使われることが多い。
王子という不自由を呪った事も一度や二度ではなかった。
しかし、我が国はまだまともだったらしい。
この国における王子と王女は、完全に家畜同然の扱いだった。
断る事はできない。
それはこの国の慣習を否定する行為になる。
あてがわれた女性に理解を求めるしか……方法はなかった。
案内された客室。
そこにはすでに王女が待機していた。
漆黒の髪。瞳はまるでここに来るまでに渡った海のような色をしていた。
「フローレンスと申します。この度ウィリアム様の夜のお相手をさせていただきます」
彼女はそう言って私に礼をした。
顔は青く、手足は小さく震えている。
宰相は「この娘でどうですか?」というように、私の反応を隣でただ待っていた。
「大丈夫だ」
私がそう答えると、宰相は満足した顔で退室していく。
部屋には私とフローレンスが残された。
私が一歩動くと、彼女は微笑みを顔に貼り付けたままびくりと反応する。
本当に勘弁してほしい。
「何もする気はない。だから、そこの椅子に座ってくれないか」
私は先に部屋の長椅子に腰を落とし、大きなため息を吐きながら天井を見上げた。
フローレンスは警戒を解いてはいない様子で、恐る恐る私とは別の椅子に腰掛ける。
「悪いが、この部屋で一晩過ごした体裁だけ取ってくれ。他の女性をあてがわれても困る」
そう言うと、彼女はようやくほっと安堵の色を浮かべ「はい」と小さく答えた。
「王族とは生きにくいな」
「……そうですね」
私の呟きに彼女がそっと同意した。
気まずい沈黙が部屋を満たす。
彼女に寝台を使って貰い、私は長椅子で眠ってしまえばいいとは思うのだが、このような慣習のある国だ。
見ず知らずの人間を前にして寝台で休めなど恐怖しかないだろう。
色々と考えても正解は出なかった。
「何か……飲むか」
「それなら私が」
そう言って彼女は二人分の飲み物を用意する。渡されたお茶は初めて飲む味なのに何故か心を落ち着かせた。
気まずい雰囲気がそうさせたのか、お互いが今の自分の立場を呪っている事がそうさせたのかは分からない。いつの間にかポツリポツリと自分の事を話していた。
すると彼女も少しずつ自分の事を語り始める。
使用人と国王の間に産まれた最下位の王女であること。
次期国王が内定しているため、婚姻に至らなかった王女達はじきに国王の家臣に下賜されること。
逃れられない未来が、彼女の微笑みを朝露のように儚く見せているのかもしれない。
「……逃げてしまうか」
ふとそう口に出た。
フローレンスは青い瞳を私に向けて少し首を傾げる。
「私は王座に座りたくない。君はこの後宮から逃げたい。ならば、私が君を貰い受けよう。私は最下位の王女だという君を妻にし王位継承争いから降りる。君は後宮から出られるし、私の国で自由に過ごせばいい。王子としての最低限の雑務に付き合ってもらう必要はあるが、それ以上君には何も求めない」
婚姻という最低限の責任さえ果たせば、私を王位に押し上げたい国内の貴族令嬢との婚姻を回避できる。子供ができない事もむしろ好都合だ。
「契約結婚をしよう。フローレンス」




