俺の権力は、彼女の推し活にとても役に立つそうです
「アークレイ様も見てください。とてもお似合いでしょう?」
セレスティナにそう促され、着替えのために借りていた部屋に入った俺は、クレアを見て思わず目を剥いた。
セレスティナの地味なドレスとは対照的に、華やかなドレスに身を包んだクレアは、確かに見違えるほど美しくなっている。
セレスティナは彼女の周りを優雅な足取りで歩きながら、まるで絵画を完成させるかのようにさらに吟味した。
彼女の瞳はクレアのミルクティーのような茶色の髪に注がれている。
「そうね、ドレスに合わせて髪型も少し変えましょう。あとは……これをつけてみてくださらない?」
そう言って彼女は、背後に控える侍女に持たせた小箱の中から細かい宝石がいくつもついた上品な髪飾りを取り出した。
「セレスティナ様!このような高価なものをお借りするなど……!」
青くなりながら首を振るクレアに「わたくしのせいで着替えることになったんですもの。これくらいはさせてくださいませ」とセレスティナは慈愛の女神のように優しく微笑む。
そしてクレアは見事に変身した。
内向的な性格がそのまま表れているような控えめなドレスと当たり障りのない髪型から、それこそ上位の貴族令嬢のような姿になっている。
女性は身につけるものでこれほどまでに変わるのかと思うような変貌ぶりに正直驚きを隠せなかった。
「アークレイ公爵、わたくし公爵にお願いがあるのです」
セレスティナは壁際で置物のように放置されていた私に振り向き瞳を輝かせた。
先程向けられた社交辞令の笑みよりも遥かに美しく、蕩けるような笑顔を向けられた私は、放置されていたことなど一瞬で些細なことになる。
内容なんてどうでもいい。答えは決まっていた。
戻ってきた私たちを見て貴族達は一瞬にしてざわめいた。
彼らの驚きは最もだった。
貴族達が庭園の散策をきっかけにして小さな駆け引きを繰り広げている間に、記憶にも残らないような末席で一人お茶を飲んでいた子爵令嬢がいきなり美しく変身して現れたのだ。
――しかも、主賓である公爵にエスコートされて。
『ありえない』
そんな貴族達の心の声が聞こえてくるようだ。
多くの視線が私の身体中に突き刺さった。
よくこのような視線に耐えられたな、とあの第二王子の顔が頭に浮かんだ。
ああ……彼は貴族達の視線など構うわけないか。
愚かなことだとは思うが、彼には愛する人が隣にいたのだから。
私と違って……。
セレスティナは私達から少しだけ距離を空け、まるで存在そのものを消しているかのように粛々と歩いている。
せめてお願いをきく対価を提示するべきであったと、後悔だけが胸を蝕んだ。
「クレア!!!!!」
令嬢達に取り囲まれていたはずのネイトが飛び出してきて、クレアと私を交互に見た。
その瞳は驚きに見開かれ唇は震えている。
公爵である私としがない伯爵子息。
立場の違いは明らかだ。
そもそもお前が無駄な駆け引きなんて行うからこのような羽目になったのだ。
私は彼を心の底から軽蔑し睨みつけた。
伯爵家とはいえ公爵から睨みつけられる経験など彼には持ち合わせていないだろう。
彼は一瞬にして顔を青くし、その場に凍りつく。
その顔を見て少しは気が晴れた。
しかし……私はここからどうすればいいのだろうか。
彼女をエスコートし席まで届ければいいだけだと言われたが、クレアの足は完全に止まってしまっている。
クレアに目を向けると、彼女は灰色の瞳を潤ませ、ただネイトを見つめていた。
やばい。これは非常にまずい。
私が権力を使って意に沿わぬエスコートを受けるよう、クレアに強要しているようにしか見えない。
アークレイ公爵が子爵令嬢に無理矢理迫った。
そんな噂が貴族中に立ってしまう。
誰か。誰か助けてくれ!!!
ネイトは顔面蒼白になりながらクレアを見て、決心したように口を開く。
「アークレイ公爵……私は……クレア様と話さねばならぬ事があるのです」
助かった。
素直に心からそう思った。
私はクレアから少し離れるように一歩下がると、ネイトは真っ直ぐに彼女の元へと歩き、手を差し出す。
クレアは不安そうではあったが、その手を確かに握り返した。
「アークレイ様!最高でした!!」
ネイトとクレアの姿が見えなくなると、セレスティナは高鳴る胸を落ち着かせるように手を当て、私に輝く瞳を向けた。
まるで全ての感情を解き放ったような幸せに満ちた笑顔に私の心臓は串刺しになった。
心臓を射抜かれるとはまさにこういう事かもしれない。
「ああ、アークレイ様にお願いしてよかった……。最高の形で二人の恋が実りましたもの。公爵様は、恋物語を完成させるのに本当に役に立ちますわね!」
命の恩人でもこれほどの尊敬と好意を向けられることはないのではないかと思うほど、彼女から直接的な感情を向けられた私は「よかったな」とそう返すことしかできなかった。
お茶会が終わり屋敷へと戻った後、対価の話をしそびれたことに気づいた私は深く頭を抱えることになるのだった。




