【閑話】ある宰相の恋物語3
私の計算は完璧なはずだった。
アークレイ公爵の論理を重んじる思考と効率を重視する性格では、コートニーの失踪に私が関与しているという真実にたどり着くことはできない。
そう結論づけて、今回の計画を起こしたのだ。
それなのに……
彼は調査が開始されてすぐ私の元へと辿りついた。
依頼主であり、宰相である私を真っ先に調査対象に入れるなんて普通では考えられない。
彼の行動に不具合をもたらしているのは、おそらく彼の隣にいるセレスティナ侯爵令嬢のせいだろう。
彼女は私が今までに知り得た貴族の中で、最も不気味で理解不能な行動をとる令嬢だ。
貴族達の繋がりを把握する事は私の宰相という仕事上必要なことなのだが、セレスティナ侯爵令嬢だけは『何のためにその繋がりを作っているか分からない』という行動が多く見られる。
ベオグラード家の派閥など無視した上で広げられるセレスティナ嬢独自の交友関係。
確かコートニーとも親睦があったはずだ。
一度送った婚約打診。
あそこから辿られたのか?
コートニーすら把握していなかったのに?
何にせよ、底が知れない。
このような貴族がいるなんて、計算外にも程がある。
私はセレスティナ嬢の評価を『不可解なご令嬢』から『アークレイ公爵を上回る切れ者』に上書きした。
屋敷内を捜索する口実を探しているのだろう。セレスティナ嬢は視線だけをキョロキョロと動かす。
この知の怪物を早く追い出さなくては……
それだけに全ての神経を傾けた。
彼女はアークレイ公爵が投げかける質問などそっちのけで、コートニーの為に整えようとしている庭園へと瞳を向けた。
そこには、今まさに新しく作られた花壇に橙色のカランコエの苗が植えられようとしている所だった。
「お庭を整えていらっしゃるのですか?」
彼女からの最初の質問。
手に汗が滲む。
それを押し込めるように強く握った。
「そうですが?」
「お花を植えるのですか?」
「……それが何か?」
気づくな。
頼むから気づかないでくれ。
縋るような、合理性のかけらのない私の願い。
それはセレスティナ嬢の確信を得た視線の前に崩壊する。
「先ほど玄関ホールですれ違った商人をわたくしも存じております」
頼むからやめてくれ。
その言葉の続きを言わないでくれ。
「先ほどの商人は女性の服飾や装飾品を専門に扱っている商人ですよね」
完璧に整えた計画が瓦礫のように崩壊していく。
そんな音が聞こえるはずなんてないのに、頭の中で崩壊の音が聞こえた気がした。
「コートニー様はどちらにいらっしゃるんですか?」
「……っ」
私の背筋にはかつてない戦慄が走った。
彼女の評価を「不可解」で片付けてはいけなかった。彼女の情報網と洞察力は底知れない。
何故私に辿り着いたのかすら分からないのに、最初から勝てるはずがなかったのだ。
この計画すら最初から掌握済みだったのかもしれない。
私は全てを話した。
私はこの後捕らえられ、アークレイ公爵と王宮によって裁かれるだろう。
コートニーを守る為の最善の手段が失われた以上、私が彼女にできることはひとつだけ。
目の前で私を睨みつけるアークレイ公爵に、コートニーの今後に関して少しでも情を持って対処してもらえないかという訴えを起こす事だけだ。
無意味だとわかっている。
彼はそんな情に流されたりしない。
しかし私がこれを訴えた上で彼の政敵の排除に協力する取引を持ち出せば……僅かながら可能性はある。
『第三王子に命令されて行動を起こした』
この嘘を私が審議の場でつけば、彼は私と共に第三王子という政敵を排除できるのだ。
私の『嘘』と『コートニーの今後の処遇』を取引し契約を結ぶしかない。
私がその嘘をついたところで、裁かれることは決定している以上、アークレイ公爵が契約を守るとは限らない。
それでもコートニーを守るには可能性の低い賭けにでるしかなかった。
「コートニー様はどうしたいのですか?」
セレスティナ嬢はコートニーの震える手にそっと手を重ね優しく尋ねた。
彼女は唇を結び、また泣き出しそうな顔になる。
「……私は……チェスター様が私のせいで捕えられる事を望みません。彼は……私を守ろうとしてくださったのです」
お願いだから、そんな事を言わないでほしい。
今必要なのは君の優しい清らかな心ではない。
私は君を守りたいのだ。
だから君は、私を切り捨てろ。
自身の悲劇さを訴えて、この後の取引の可能性を少しでも上げて欲しい。
「ままならない……ものですね」
セレスティナ嬢は何故か小さくそう呟いた。
その言葉の後、いきなりアークレイ公爵が叫び声を上げる。
「あー。もうわかった! 私がなんとかする!」
彼は髪が乱れるのも構わず乱暴に頭を掻いた。彼の赤い髪が燃えるように光を反射する。
そして金色の瞳を睨みつけるようにコートニーに向けた。
「コートニー! チェスターか海賊なら、チェスターでいいんだな?! 後悔しないな?!」
「え……?! は……はいっ」
「後でこんな男は嫌だと言ってきても聞かぬからな!」
彼はそう宣言し深く息を吐いた。
目の前で何が起こっているのか理解できなかった。
私に向けられた彼の金色の瞳には、見た事のないほど多くの複雑な感情が乗せられていた。
「チェスター宰相。コートニーの件は私が侯爵家に手を回す。次の王位継承者が決まるまで、コートニーにはこのまま表舞台から姿を消していてもらうが、次の王さえ決まればコートニーを妻にすれば良い」
あのアークレイ公爵が私を助けた。
この行動に彼が得られる利益はない。
「できるのか?」
ようやく絞り出した声でそう尋ねると、彼はとても嫌そうに顔を顰めながら口を開いた。
「第四王子に恩を売ってある。多少の無理はきくだろう。これから私は大量に嘘を吐くからな。コートニーを妻にしたいなら、宰相の地位を使って全面的に協力しろ」
彼はいつのまにか私の評価した人物像から大きく逸脱していた。
それは何故か。彼の隣で涙を浮かべ、尊敬の眼差しを向けるセレスティナ嬢の仕業だと、私は瞬時に理解した。
コートニーによって私が変えられたように──
彼もまた、セレスティナ嬢によって合理性を剥ぎ取られてしまったのだろう。
「あと、せめて屋敷内くらいは自由に過ごさせてやれ。屋敷の使用人くらいは味方につけろ」
彼からの言葉が、冷え切った胸を打つ。
確かに最も合理的な理由から彼女をこの部屋に閉じ込めていた。だが、屋敷の使用人さえ私がしっかりと囲い込めば、コートニーは安全と健康的な生活を両立できる。
そうすれば、彼女のために植えた橙色のカランコエが咲き誇る庭を──
二人で歩くことができるだろう。
私は俯き、彼とセレスティナ嬢に礼を述べた。
彼らが屋敷から去った後、部屋には私とコートニーが残される。
これから忙しくなる。
でもその前に……彼女に確認しなくてはいけない。
「アークレイ公爵は次の王さえ決まれば君を妻にすれば良いと言った。だが、私は君の安全さえ守れれば十分だと思っている」
震える声を押さえつけ、コートニーの瞳を真っ直ぐに見据えた。
「君に私の妻という重責まで求めるつもりはなかったのだが……君はどう考えているのか意見を聞いてもいいだろうか」
コートニーのピンクサファイアのような瞳はまた驚きに包まれた。
それが何故かは、やはり分からない。
コートニーは真剣に話している私の顔を見てクスッと笑いを漏らしてから、私の手を両手で握った――




