【閑話】ある宰相の恋物語2
「何か不満があるならば言ってもらえないだろうか」
危害を加えるつもりがない事を示す為、私は両手を上にあげて十分に距離を取り、彼女に話しかけた。
「不満……?」
コートニーは訝しむような視線を私に向け、少し首を傾げる。彼女は考えをまとめるように数度瞬きをして口を開いた。
「どうして私をここに……?」
今度は私が首を傾げる番だった。
説明が不十分だったとは思わない。
しかし彼女をここに連れてきた以上、私には説明責任が生じるだろう。
「先日も伝えたが、君が野蛮な連中に引き渡されるのを阻止する為だ」
「え……?」
何が理解できないのか分からなかった。
「ひとまずこちらを受け取ってくれ。身につけていく場所がない事は重々承知だが、女性はこのような物を好んでいる事は理解している。しかし、君が何を好んでいるのかは知らないので今後教えてくれると助かる」
私は持参した装飾品を彼女が怯えないようゆっくりと差し出し再び両手を上げた。
しかし、彼女はさらに理解不能だという目で私を見る。
何故だ??
「チェスター様は……何故私を誘拐したんですか?」
彼女から《《誘拐》》という言葉が出た時点で、彼女が私の行動を保護と捉えていないことがわかった。
非合法な手段を取っているので誘拐で間違い無いのだが、彼女は何故このような手段を取ったのかという『理由』が知りたいのだろう。
「私の立場上、正当な手段をもって君を保護する事ができない為だ」
コートニーはついに眉間に皺を寄せてしまった。
彼女との対話が上手くいかない。彼女は第三王子に婚約破棄を言い渡されるまでは友人も多かったようなので、この場合、対話に不具合を生じさせているのは私なのだろう。
「理解できなくても構わない。しかし君をここから出すつもりはない、ということだけは理解しておいてくれ」
正しい言葉で最大の譲歩を行なった。
しかし何故かコートニーは再び泣きそうな顔になってしまった。
彼女が安心できる生活環境を提供し、私への評価の改善、彼女の緊張の緩和を行いたいのに全くもって上手くいかない。
対話に失敗した私は、更なる対策を講じるしか方法がなかった。
贈り物だ。
花やドレスや宝石。
女性が好むとされる品々をコートニーに贈る。
ただ、いくら贈ってもコートニーの表情は晴れることがなかった。
これで何度目になるだろう。商人を呼びつけ、彼女への贈り物を依頼する前にふと思い留まる。
こちらにも譲れない一線があるのだから、彼女の希望をもう少し深く聞くことが必要だったのかもしれない……と。
「橙色か桃色であればどちらが好みだろうか。それか、他の色の方が君は好むのか?」
両手を上げた上で一定の距離を取り彼女に質問をした。
彼女は「え?」と私の意図を探るような表情でこちらを見る。
「……何のお話でしょうか?」
「私の屋敷の庭園に花を植えようと思うのだが、君の好む色を教えてほしい。私は、君の髪色である橙色か瞳の色である桃色がいいとは思うのだが……」
彼女は何故かますます混乱したようだった。
しかし、混乱しつつも「橙色を好んでいます」と小さく答え、決意したように顔を上げた。
「それは……ここから出てもいいというお話ですか?」
「それについては不可だと伝えたはずだ。君の部屋から見えるように整えるのでそれで我慢してくれ」
何故ここで彼女は絶望の表情を浮かべるのか。
私には──理解する事ができなかった。
それでも、対話は互いの認識を埋める為に行うものだ。
私は彼女が怯えすぎないように一定の時間を置きながら、一定の距離を保ちつつ彼女との対話を試みた。そしてドレスや装飾品、女性が好むとされる本や宝石を彼女に贈り続ける。
すると数日後、決意したような表情を浮かべたコートニーから「贈り物はいりません」という宣言を受けた。
「それは……困るのだが」
「困る……のですか?」
私が正直に答えると、彼女は私の言葉を聞き返した。
「君からの信頼を得る方法が他に思い浮かばない」
そう言うと、コートニーはピンクサファイアのような瞳を驚いたように瞬かせた。
「……私からの信頼ですか?」
「そうだ。私は今まで直接的に君との接点を持っていない。だから君の好みを把握し信用を得たいと思っている」
私が答えるとコートニーはまた不思議そうな顔をした。何故そこまで混乱するのか、やはり理解できない。彼女の思考パターンを認識することはとても困難だった。
「チェスター様……もう一度……私を誘拐した理由を伺ってもよろしいですか?」
「宰相という職務上、君を正当な手続きを踏んだ上で保護する事が不可能だった。君が侯爵家の政治の駒として野蛮な連中に引き渡されるのを阻止する為には、非合法な手段を用いるしか私には方法がなかった」
何度も説明した内容をもう一度聞き直したコートニーは、小さな口元に指を添えて黙考した。
そして、自信なさげな顔で私を見る。
「一度……チェスター様から婚約打診があったと伺っています。もしかして……ですが私はチェスター様に好意を寄せて頂いていたのでしょうか?」
「――っ!!!そう言う直接的な言葉は、普通は言わないものだろう!」
そう注意すると、コートニーは今初めて私の好意を認識したとばかりに頬を赤く染めた。
彼女に好意を寄せていたことを、まさかコートニー自身が理解していなかった事実に私は驚きを隠せない。
説明はした。
それにかなり行動で示していたつもりだった。
「何故……私を?」
コートニーは先程注意したにも関わらず、さらに説明を求めた。
対話は互いの認識を埋める為に行うものだから、彼女は理解できなかった事象を私に確認するのは当然の行動だ。
それに答える義務があることは分かっている。しかし自分の感情を語るなんて居心地が悪い。
「……君はあの時、トラヴィス公爵子息を守る為だけに第三王子の婚約を受け入れただろう。君には何一つ利はないのに」
貴族社会はまるで汚泥の底のような場所だ。
己の利益の為ならば彼らは簡単に嘘を吐き、人を陥れ、子供であれど駒とする。
私は幼い時からずっとその汚い世界に触れ、染まってきた。
第四王子に与する貴族同士の結びつきの為に行われたのがトラヴィスとコートニーの婚姻だった。
第四王子の立場が強くなる事を阻止するために、第三王子はトラヴィスの実家を陥れようとした。コートニーとの婚約を権力で奪い取ろうとしたのだ。
第三王子は今でこそ婚約者をより確実に奪い取れるよう“場を整える事”を学んでおり、手がつけられなくなってはいる。
しかしあの当時。コートニーと第三王子の婚約は回避する事が可能だったと考える。
コートニーがトラヴィスを裏切れば、彼女は第三王子の被害者にならずに済んだ。
もちろんコートニーの実家はトラヴィスを裏切り、家と『婚姻という政治に使える駒』を守るつもりだった。
しかし、彼女はそれを選ばなかった。
トラヴィスを守るために、第三王子の婚約を受け入れたのはコートニーの独断だ。
当時この事件を担当していた私には衝撃の出来事だった。
誰かのために自身を犠牲にできる。
そんな人間がこの世界にいると思っていなかった。
コートニーが第三王子の手を取った時に浮かべたあの悲痛なまでの美しい微笑み。
他人の感情を理解する事が苦手な私でも、痛いほど伝わってきた。
あの時のコートニーは愛する人間の幸せをただ願って笑っていた。
「だから君は……私がこの世界で生きる為の希望の光なんだ」
その光が、婚約を破棄され傷物令嬢となり、その果てが野蛮な連中を黙らせる為の駒になるなんて。
そんな事を、許せるわけがなかった。
全てを語るとコートニーはまた泣きそうな顔になってしまった。
ピンクサファイアのような瞳にはみるみるうちに涙が溜まる。痕が残ってしまうのではないかと心配してしまうほど唇を噛み締め眉を下げるコートニー。
何故彼女を怯えさせ、泣かせる事しかできないのだろう。
これでは第三王子と変わりないのではないのだろうか。
不安に思っているとコートニーは小さく何かを振り払うように首を振った。
そしてまだ涙が少し浮かんだままの瞳を私に向ける。
「贈り物は……いりません。ですから代わりにチェスター様の事を教えていただけないでしょうか」
彼女は対話を望むそうだ。
彼女が望むなら時間の許す限りの対話を行う事は一向に構わない。しかし、それは贈り物の代わりになるものではないと思う。
「手も上げなくて大丈夫です。ですから……椅子に座ってください。チェスター様」
コートニーはそう言って椅子を示した。
彼女がそう望むなら、と私は手を下ろして彼女の向かいの席に腰を下ろした。
ポンコツ宰相チェスターです。
頭はいいんですよ?
あと一話閑話が続きます。




