【閑話】ある宰相の恋物語1
第一王子の第二夫人を選ぶ為に開かれた夜会。
王宮の大広間は酷い混乱に包まれた。
第一王子が夜会を欠席するという暴挙に出たのである。
まあこうなる事は見越していた。
未だ第一王子を王位継承争いの場に戻したいと願う貴族達をけしかけ、この夜会を整えた張本人は私なので問題はない。
今回の目的は別にある。
――この貴族社会という汚濁から産まれた奇跡のように清らかな存在。彼女を誰にも目撃させず完璧な手順で保護すること。
誰の視界にも入らないような会場の隅で、怯えるようにその混乱を眺めていたコートニー。
彼女が叫ばないよう、口を手で塞いで混乱に乗じて連れ去った。
驚き暴れる彼女に「助けてやるから静かにしろ」と伝えるが、彼女は私の言う事が理解できなかったのか抵抗し続けた。
彼女がおとなしくしできないならば、王宮内の騒ぎが落ち着くまで別室で待たせる事はできないだろう。
念の為に「騒ぎを収める根回しをしてくる」と周囲に伝えておいて正解だった。
王宮内に私の姿が見えなくても、誰もが「宰相はこの騒ぎの根回しに動いている」と思っているはずだ。
コートニーが離れないよう拘束し、密かに彼女を屋敷へと連れ帰る。
この計画の為に彼女の部屋はすでに整えた。
そこに未だ暴れ続ける彼女を入れる。
コートニーの拘束を解くと、彼女はこの国でも珍しいピンクサファイアのような瞳を少し潤ませた。
「チェスター宰相……どうして……?」
彼女は小刻みに震え顔色も悪い。
ああ、そうか。怯えているのか。
彼女を保護する為に今回の手段を取ったのだが、私への信頼が不足していたため、恐怖に分類される事柄になったようだった。
「君を保護する為だ」
却下はされたが、私が一度婚約打診を送った事は当事者である彼女も知っているはず。だが、彼女はそれでも理解ができないというように不安げに瞳を揺らした。
「……あの夜会が終われば、君は侯爵家の利益の為に野蛮な人間に引き渡されるのだろう。私が……そうはさせない」
コートニーは「え?」と小さく呟くが、彼女からの理解が得られるまで時間がどれほど必要としているか分からない。
流石にそろそろ王宮に戻らなくては、隠蔽工作が破綻してしまう可能性がある。
「君がここにいる事を知る人間はそれほど増やせない。君には申し訳ないが侍女は一人で我慢してくれ。私はしばらく王宮に戻る。……部屋からは出るな」
私は必要事項を告げて部屋の扉を閉めた。
コートニーは理由を述べたにも関わらず、ずっと泣き出しそうな顔で怯えていた。
……何故だ?
しかし今の私に時間はない。先に王宮の方を片付けなくては、彼女への理解を得るための時間を確保することすらできない。
後付けでつけた錠の鍵をかけ、彼女が誤って部屋から出ないよう万全の体制を取った。
彼女につける侍女は、私が唯一信用している使用人。
彼女と私だけがこの部屋の鍵を持っている。
彼女の保護は完璧だ。
私は鍵を懐にいれ、王宮の隠蔽工作を完全なものにするために屋敷を出た。
コートニー侯爵令嬢行方不明事件の調査にはアークレイ公爵に依頼するよう手配する。
彼は私と同じく効率と論理的を重んじる人間だ。
だからこそ、コートニーが私の屋敷にいるという事実に彼が辿り着く事はない。
まずはコートニーの実家である侯爵家の政敵、次に第三王子の勢力下にいる貴族達を調べるだろう。
時間が経てば経つほど、彼の論理的な思考の中でコートニーの生存率と発見への可能性は下がるはずだ。
最適なタイミングで捜査をこちらの管轄へと戻し、仕事ができない部下に捜査を引き継がせれば、この事件は永久に闇に葬り去る事ができる。
ようやくまとまった時間を確保できた私は、コートニーの部屋へと向かった。深夜に彼女が部屋にいるか確認は行っていたが、彼女の信頼を獲得する時間がまだ取れていない。
私への信頼がない事は問題だ。
怯えさせるために保護した訳ではない。
ただこの数日間、安全な空間を提供していた事は確かだ。危害を加えるつもりがない事もすぐに理解が得られるはずだ。
……そう思っていたが不十分だったようだ。
数日ぶりに私を見たコートニーは再び瞳を潤ませて、手を前に組んでいる。強い不安を感じている時に現れる事が多い動作だ。
何が彼女をこれほど不安にさせているのだろうか。




