誘拐事件の容疑者
まずは今回の情報を整理しよう。
誘拐されたのは多くの政敵がいる侯爵家の娘コートニー。
彼女は第三王子によって地獄に叩き落とされた悲劇の令嬢の一人だ。
元々、第四王子に与する公爵家の長男がコートニーの婚約者だった。
それを奪ったのがあのブラッドフォード第三王子である。
王族という絶対的な権力を行使し、公爵子息の婚約者を奪い取った。
そして奪い取るだけ奪い取った後、彼はもう用済みだというようにコートニーを捨てたのだ。
王族から婚約破棄された侯爵令嬢。
それがコートニーである。
しかしこの話はそれだけで済んでいない。
コートニーは第三王子にすでに純潔を奪われている。真実かどうかは分からない。広めているのは勿論第三王子とそれに与する貴族達だ。
ただ、その噂は一瞬で貴族中に広がった。
この悪意しかない噂話を聞いた時は、本当に吐き気がした。
そして当然の如く、コートニーは一瞬にして“傷物令嬢“として表舞台から姿を消したのである。
傷物令嬢となったコートニー。
彼女は海賊に差し出されることとなった。
要は領地で勢力を伸ばす海賊と上手くやっていくための取引。彼女の父親である侯爵は、貴族として価値がない自分の娘を生贄に差し出したのだ。
今回コートニーが夜会への参加を認められたのは、侯爵家からの最後の温情だった。
貴族令嬢としての最後の夜会。
万が一、ここでコートニーが第一王子に見初められ、第二夫人の座が得られれば海賊との婚姻は流れただろう。
コートニーにとって、今回の夜会は自分を救う唯一のチャンスだった。
政敵の容疑者として考えられるのは侯爵家が海賊と協定を結べないことで利を得られる貴族達。
そして、コートニーが海賊という下賤な者に差し出されることで、第三王子の不祥事が悪評になることを恐れた第三王子派の貴族達だ。
まあ、今更第三王子に悪評も何もないがな。
ただ王位継承争いが佳境に迫った今、下手に悪評を表に出したくはないだろう。
しかし──
顔を上げたセレスティナの考えは全く違った。
「容疑者はコートニー様の婚約者だった公爵子息トラヴィス様、伯爵子息テレンス様、そしてチェスター宰相ですわ」
「はあ!?婚約者だったトラヴィスはまだ分かるが、テレンスはどこから出てきた!?そしてチェスター宰相だと!?!」
「はい。考えられるのはこの方々しかいらっしゃいません。でも……一番怪しいのはチェスター宰相ですね」
チェスター宰相だと……?
セレスティナの導き出した道筋が全く理解できない。
この国を支える事実上の最高権力者。
王族間や貴族間のトラブルを仲裁する役割を担っているのがチェスター宰相だ。
彼が容疑者だなんて考えられない。
そもそも今回の調査を私に依頼した張本人がチェスター宰相である。
「……まずチェスター宰相のことはいい。トラヴィスとテレンスを容疑者とした理由はなんだ?」
「コートニー様はトラヴィス様と本当に仲睦まじい恋人同士だったのです。私も……二人を応援しておりました」
セレスティナは唇を結んだ。
人の苦しみを自分の事のように悲しむ彼女の心が、震えるまつ毛と潤んだ瞳から伝わってくる。
それは、あの狩猟大会の朝に見せたものと同じ表情──
嗚呼……何故セレスティナが男性に混ざって狩猟大会に出場しようとしていたのか、ようやく理解できた。
実はずっと疑問だったのだ。
流石のセレスティナでも、私と二人であの第三王子に立ち向かうなど無謀の極み。セレスティナが他の者に手回ししているのかとも思ったが、それも無かった。
私が全ての権力を行使して、第四王子を巻き込み、ようやく第三王子を抑え込むことができたのだ。
それをたった二人で成し遂げられるはずなどない。
前提が間違っていたんだ──
あの狩猟大会はコンラッド第四王子とロレッタ侯爵令嬢のロマンスを結びつけるものではなかった。
コートニーとトラヴィスの美しい恋を、最も残酷な方法でぶち壊した第三王子。
セレスティナはあの時、その悲劇を繰り返させまいと、巨大な権力に些細な抵抗を試みたのだ。
この気持ちを──
なんと表現すればいいのか分からなかった。
セレスティナは結んだ唇を解いて言葉を続ける。
「トラヴィス様は……もうすでに第一夫人がおられます。ですがあの時のトラヴィス様のご様子から、今回の容疑者の一人に入れました」
複雑な表情を浮かべたまま、セレスティナは何かに思いを馳せるように目を細めた。
「次にテレンス様ですが、彼はトラヴィス様とコートニー様が結ばれる前からコートニー様に思いを寄せておられました。侯爵家の事情でテレンス様の求婚はかなり前に却下されておりますが一応……」
「そこまでは理解した。ではチェスター宰相は?」
「わかりません」
「わから……ない?」
セレスティナがわからないだと??
私は初めて聞く彼女の言葉に目を見開いた。
「ただ、わかっているのは……チェスター宰相はコートニー様がブラットフォード王子から婚約破棄された後、一度だけ侯爵家にコートニー様との婚約打診を送っておられるのです」
……だから、どこからその情報を掴んでいるのだ君は。
ただ彼女が言いたいことは分かった。
そんなことが起こり得るだろうかという疑いはもちろんまだある。
ましてやあのチェスター宰相が第一容疑者だなんて、私では絶対導き出すことはない答えだ。
「ではまず君の挙げた容疑者から調べよう」
「いいの……でしょうか」
セレスティナが珍しく自信なさげに私に尋ねた。
何その上目遣い。超可愛い。
「どうせ多くの貴族を調べる羽目になるんだ。なら数の少ない君の考える容疑者から当たる方が効率がいい。手伝ってくれるのだろう?」
「はい。わたくしも精一杯お手伝いさせていただきます」
セレスティナは拳を握り、嬉しそうに微笑んだ。
今までで一番セレスティナと心が通じ合っている。
そんな気がした。
セレスティナ、実は万能ではありません。
力が届かない所は勿論あります。
コートニーを見つける事ができるのか!
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