【閑話】ある騎士の恋物語2
イザベラに対する嫌がらせは、どんどんエスカレートした。
底辺の男爵家の令嬢が上位貴族に嫌がらせを繰り返す。
この異常さにそろそろ気づいて欲しいのだが、オーガスト様は依然として一向に気づく気配を見せない。
たった十八歳の少女が反抗を一切許さない貴族社会の中で痛めつけられるのを、ただ黙って見せられ続ける俺の身にもなってほしい。
イザベラはどんどん表情がなくなり、顔色が悪くなっていった。
「ライオネル。オーガストの婚約者選びは順調だろうか」
アークレイ様の警護についていた時、執務の合間のタイミングでふと彼が私に尋ねた。
彼は一介の騎士である自分にすら、こうして意見を求めることがある。
アークレイ様は時に身分を重視せず、様々な者の意見を聞く。彼の多角的な視点は、先代公爵の教育の賜物とその性格によって得られたものだろう。
「私の目には……あまり芳しい成果が出ているとは思えませんね」
オーガスト様の婚約者選びは一向に進展を見せない。
イザベラがやったとされるお茶会でのトラブルの数が多すぎて、令嬢達と話す時間は多くとも彼女達の人柄を見る時間がほとんどないのだ。
勿論イザベラへの嫌がらせに関与していない令嬢だってあの中にはいる。
しかし悪質な手を使って被害者を装う者に割く時間が多すぎる。まともなご令嬢との会話が始まると、すぐにイザベラを使って誰かが叫び声をあげるのだから。
「一度ご覧になられた方がよろしいかと」
本来なら、一介の騎士身分の者が公爵を動かすなんてあってはならない。
しかしアークレイ様は「そうするしか方法はなさそうだな」と言って、少し楽しげに執務机に座り直し、厳重に保管された書類入れから優美な便箋を取り出した。
そうして再び開かれたオーガスト様のお茶会。
アークレイ様は婚約者であるセレスティナ様も招待したようだ。
お茶会の空気に自ら溶け込むことによって令嬢達の緊張感を緩和させ、いつものお茶会の空気に近づけることが目的なのだろう。
私はイザベラの後ろにそっと控えた。
彼女の目の前に座るのは、もう何度もイザベラを悪役に仕立て上げている伯爵令嬢レイチェル。
俺の警戒心は一気に上がる。
オーガスト様が各テーブルを回り始め、他の令嬢と談笑を始めると早速彼女は動きだした。なるべく被害を派手に見せたい彼女は、せめてイザベラを席から立ち上がらせたいのだろう。
イザベラの鮮やかな紫色の髪を「下品」だと詰り、ドレスを「みすぼらしい」と嘲笑った。
それでもイザベラはただひたすら耐える。
指先が白くなるほどにテーブルの下で手を握り、肩を震わせてその屈辱を静かに受け入れた。
「イザベラ様。ほら、私が何を望んでいるか分かるでしょう?それとも身分の低い男爵家のご令嬢は場の空気を読むこともできないのかしら?ああ、それなら納得ですわ」
レイチェルは楽しげに口の端を蛇のように上げた。
「貴方のお父様は、ただ当主の言うことを聞くだけの自分の思考を放棄した犬ですものね。犬が娘に場の空気を読むことを教えるなんて、とても難しいもの」
その瞬間──。
イザベラは立ち上がり、手元にあったお茶をレイチェルにぶちまけた。
彼女は何度も令嬢達から与えられる屈辱に耐えてきた。
ましてや今日は、アークレイ様が来ているお茶会だ。
絶対悪役にさせる隙を与えまい、と何の反応もしないよう強く手を握りしめ耐えていたのだ。
その彼女は男爵である父親を侮辱されて、初めて上位貴族に反抗をみせた。
長年真摯に仕えてきた父親の矜持を傷つけるな、とでもいうように。
そこに彼女の美しい騎士道を見た気がした。
貴族が向いていないのはイザベラも俺も同じだ。
しかし、貴族社会に早々と見切りをつけて騎士という道に逃げた俺と、家を守る為だけにひたすら悪意に耐え続けるイザベラは、心の美しさが全く違うように思えた。
──彼女を守りたい。
そう思ってしまったのは仕方がない事だと思う。
イザベラの心がどれほど気高く美しくても、彼女はまだ十八歳。
このままいけば……
彼女はきっと、この貴族社会で潰されてしまう。
ただ……俺は貴族である事を投げ捨てた一介の騎士。
そして彼女は最底辺の男爵位とはいえ貴族の令嬢だ。
大きな身分の壁がそこには立ちはだかっていた。
アークレイ様はすぐにこのお茶会の異常さを察したようだ。あれほどまでに気づかなかったオーガスト様が正式に調査に乗り出した。
事態を全て見ていた俺は、証人としてオーガスト様と共にアークレイ様に報告することになる。
「男爵を酷く侮辱されたのです」
一部始終を見ていた俺はイザベラの口止めによって阻まれていた事情を漸く彼に報告することができた。オーガスト様は「主催者としての責任を取れ」と言われ退室させられる。
「……そなたは今回、私やオーガストに報告をするのではなくイザベラを選んだ」
「……そうです」
彼の言いたい事はよくわかる。
彼の求める真実を知りながらイザベラからの口止めを優先し、敢えて真実を話さず彼が辿り着くように誘導した。
ただの騎士である私が、公爵を利用したのだ。
彼の信用を失った。そう思ったのに、彼は何故か少し満足気な表情を浮かべた後、私を試すような眼差しを向けた。
「そなたはイザベラが悪意に利用され、悪役令嬢として晒されている今の現実を『彼女のために』受け入れるのか?ライオネル、そなたは騎士だろう」
責めなかっただけではない。
彼は私にイザベラを『救え』と言っている。
男爵令嬢とただの騎士である私の背後についてやると言っているのだ。
彼は手元にある招待状を私に差し出した。
「これは今度の夜会の招待状だ。そなたがこれをどうするかは、そなたが決めろ。私は一度だけそなたに『きっかけ』を与える」
彼は私に、一晩だけ貴族に戻る力を与えた。
実際貴族に戻るわけではない。
あくまで身分は騎士身分だが、公爵の招待状は最高の身分証明となる。
私が忠誠を誓った相手は、お伽話の魔法使いだったらしい。
彼のかけた魔法が生かせるかどうかは──
俺次第だった。
そうして始まったカランセベシュ家の夜会。
貴族だった時に一度くらいは夜会を経験しておくべきだったと悔やむ事になるとは思わなかった。
貴族達の華やかな空気に少し圧倒されながら壁際でグラスを傾け、男爵や男爵夫人と共に行動するイザベラを見守った。
令嬢達も流石に馬鹿じゃない。爵位を持つ親達の前でイザベラに構うような事はしないようだ。
夜会終盤。
男爵と男爵夫人はイザベラと別行動を取り出した。
残されたイザベラは、寂し気に壁際で俯いている。
声をかけるなら今しかない。
そう決断した矢先、オーガスト様が先に彼女に声をかけた。
「イザベラ男爵令嬢。私とラストダンスを踊ってもらえないだろうか」
「え……?」
オーガスト様は、今回の責任を取る為に苦渋の決断で彼女に声をかけたのだろう。
これでイザベラはアークレイ公爵の弟に見染められた男爵令嬢として、貴族令嬢達から羨望の眼差しを向けられる事となる。
貴族としてこれ以上の幸運はない。
しかしイザベラはその差し出された手を絶望の表情で見ていた。
当然だ。彼女はオーガスト様の妻になりたくてあの茶会に参加していたわけじゃない。
彼女はただ家を守るために耐えていたのだ。
あの貴族社会は、善良で身分の低い彼女をただ苦しめるだけの場所だ。オーガスト様の妻になっても、彼女は「家を守る」という役割から逃れられない。
彼女を「貴族社会」から救い出せるのは、騎士身分の俺だけだ。
「お待ちください!」
私はオーガスト様と並ぶようにイザベラの前に立った。
貴族達から見れば、なんとも滑稽な姿だろう。
公爵の弟とただの騎士。身分の差は圧倒的だ。
しかし、彼女を守りたいという気持ちだけは負けるつもりはなかった。
少しでも誠実なこの気持ちが彼女に伝わるように、と私はその場に跪く。
「イザベラ男爵令嬢。一介の騎士の身分である私ですが、君を必ず幸せにすると私の騎士道にかけて誓う。だから私を……生涯君を守る君だけの騎士にしてくれないだろうか」
見開かれる彼女の目。
彼女はどうして良いのかと戸惑うように、視線を彷徨わせた。
そして彼女は何かに後押しをされたのだろう。彼女は瞳を潤ませ、ぎゅっと唇を結んだ後、俺に向き直った。
「わたくしの騎士になってください。ライオネル」
彼女の優しい蜂蜜色の瞳に、もう貴族社会は映っていなかった。
彼女の手を引いて、夜会を抜け出し庭園に出る。
会場から漏れる優しい光が庭園を包み込んでいた。楽団が奏でる音楽はここからでも聞こえる。
「イザベラ、俺と踊ってくれ」
「ライオネル……わたくし、あまりダンスは……」
「ははっ。俺は騎士だぞ? うまく踊ろうなんて気にしなくていい。イザベラはただ楽しく踊ればいいんだ」
そう言って彼女の手を引いた。
彼女は驚いていたが、次第に目を細め、声を出して笑う。
彼女の本当の笑顔を見つけた気がした。
この笑顔を守りきる──。
そう、俺は新たに心に誓った。
♢──♢──♢
アークレイは、ダンスの代わりに騎士の真の忠誠を手に入れた!!
セレスティナへの贈り物。
騎士の恋物語でした。
物語はいよいよ終盤に差し掛かります。
面白かったよ!と思っていただければ、♡や⭐︎をしていただければ嬉しいです。
アークレイは騎士の忠誠を手に入れた!




