【閑話】ある騎士の恋物語1
「きゃあ!!」
「イザベラ様!いい加減になさいませ!」
あからさまな叫び声を上げたのは、上位の貴族令嬢。
その周りを取り囲む令嬢達は、それを楽しむようにくすくすと声を押し殺しながら笑っている。
目の前の鮮やかな紫色の髪を持つ年端もいかない少女は、目の前で繰り広げられる滑稽な演劇に巻き込まれ、小刻みに震えていた。
彼女達はきっと、会場に配置された騎士を動かない銅像か何かと勘違いしているようだ。
公爵家の騎士の目の前で自分のドレスにお茶をかけた令嬢は叫び声をあげて泣き始める。
すると他のテーブルにいたオーガスト様は慌てて泣き出した令嬢に駆け寄った。
何もしていない目の前の男爵令嬢を煩わしそうに睨みつけ、泣き真似をする令嬢の背中に優しくその手を添える。
「こちらに来てくれ」
そう言ってオーガスト様は令嬢を別室に連れて行くために手を引いた。
先程まで涙を溢していた令嬢は、オーガスト様に見つからないよう勝ち誇った笑みを男爵令嬢に向ける。
彼女とオーガスト様の姿が見えなくなると、周りの令嬢達はため息を零した。
「先を越された」
「今回イザベラ様と同じテーブルじゃなかったから仕方がない」
「ここでもう一回問題を起こさせてみる?」
「流石にやりすぎるとバレてしまいますわ」
──なんて愚かなのだろう。
気づかない主催のオーガスト様も勿論だが、一人を貶めることで気を引こうとする令嬢達の醜さに吐き気がした。
こんな貴族社会と早々に決別できて良かったと心から胸を撫で下ろす。
俺はカランセベシュ家に仕える子爵家の三男だった。
長男に産まれなくて良かったと心から安堵し、騎士団に入れる年齢になったと同時に家を出た。
男社会であることは確かだが、こちらの方がはるかに気が楽だ。
イザベラのことも勿論存在は知っていた。
同じカランセベシュ家に仕える家同士の間柄だ。
ただ五つも歳が離れているため、話したことはほとんどない。
彼女が母親に連れられてお茶会に参加し始めた時には、俺は騎士団への入団を見据えて完全に貴族社会から足を洗う準備をしていた。
だが、全く知らない間柄だというわけではない。
特にオーガスト様の婚約者選びの茶会が増えてからは。
「こちらへ」
私は放置されているイザベラの手を引いた。
「もう参加するのはやめておけ。イザベラ……別に君がこの茶会に参加しなくても、男爵はダメとは言わないだろう」
物置に使われている小部屋で彼女の手を離し、俺は両手を腰に当てて彼女を見下ろした。
彼女は母親似のとても気が強そうな風貌にも関わらず、性格はあのお人よしの男爵とそっくりだ。
突然のトラブルに対して、うまく対応できない所なんて特に。
「でも……お父様にご迷惑が」
娘が茶会に参加しない事で起こる迷惑なんかより、男爵は娘の希望を選ぶ。
それに、オーガスト様はともかくとして、当主であるアークレイ様は事情を話せばなんとなくともうまく対処してくれるはずだ。
「言いづらいなら、私から話してやるぞ」
「やめてくださいませ!」
彼女は黄色の瞳を潤ませて私を睨みつけた。
強気に出るのはここじゃないだろう。
そう、ため息が出そうになる。
「権力なんてほとんどない家だという事はご存知でしょう? 参加しなくなっては……何を言われるかわかりません」
まあ彼女の言っていることも理解できた。
自分の利益の事しか頭にない令嬢達のことだ。
イザベラが参加しなくなると、自分が優位に動くための次の標的を探さなくてはいけない。
しかし、標的を変えることは露見する可能性も上げる。
イザベラのように、誰しもが黙ってやられっぱなしになっているとは限らない。
彼女はただ家の体裁のためだけにこの場にいる。
オーガスト様の婚約者なんて興味はない。
早く決まってくれ、早く選んでくれと願いながら他人の踏み台を演じるのだ。
そんな貴族社会が嫌ですぐに逃げ出した俺からすると彼女の決断はとても愚かに見えた。




