悪役令嬢の裏側と真実の愛
数日後、オーガストは騎士のライオネルを連れて私の執務室を訪れた。
オーガストは硬く唇を結び、今にも吐きそうなほど顔色が悪い。
彼の手には今回の調査の内容がまとめられた資料があった。それをオーガストの震える手から受け取り内容を確認する。
想像したよりも酷いな……。
イザベラ男爵令嬢は周囲の上位貴族達から悪役として使われていた。
自己をより良く見せるための捨て駒、と言った方がいいかもしれない。
イザベラが問題を起こしているように見せかけ、その被害者のように振る舞う事で、彼女達はオーガストとの時間を得ようとしていたようだ。
イザベラが起こした騒動は全て彼女達が徒党を組んで仕組んだ事。お茶をかけられたと騒いだ事も、彼女から嫌がらせを受けたと言った事も全てが虚言。
ただ一度……前回の件だけはイザベラ自身がお茶をかけたらしい。
「男爵を酷く侮辱されたのです」
一部始終を見ていたライオネルは悔しそうにそう言った。
男爵の献身を私は評価している。
彼は人が良すぎるきらいがあるが、それを含めて彼の美徳だ。優秀だとは思わないが、少なくとも彼は信用に値する人物だと評価している。
優秀な部下は才覚のある者を育てることで得ることができるが、信用のおける配下はロマンスと同じく努力だけでは得ることができない。
「ライオネル。では何故それを報告しなかった?」
「イザベラに口止めをされていました」
公爵家に連なる男爵家の令嬢が、今回のオーガストの婚約者選びに参戦しないわけにはいかない。
選ばれるとは思っていないが、参加したという「体裁」が必要なのだ。それが下位の貴族達の生き方でもある。
しかし、そこでイザベラは伯爵令嬢達から悪役に仕立て上げられるようになった。彼女達の行いを、ライオネルを通じ報告することはイザベラにもできただろう。
しかし密告することで、今度は伯爵家から逆恨みされることになる。
イザベラは家の為に口をつぐむしかなかった。
ただひたすらにオーガストの婚約者が早く決まる事を願いながら耐え続けていたという。
「今回の責任はホストであるそなたにある。分かっているな? オーガスト」
「……はい」
オーガストはこの婚約者選びの主催者。そして公爵家の者として連なる貴族達を守る責任がある。
この行いに正しく対処せねば、我が家に献身し続けた男爵の信用を失うだろう。オーガストの責任は重大だ。
「次の夜会でそなたがどうするか見せてもらう」
そう言って私はオーガストを退室させた。
残ったのは悔しそうに眉間に皺を寄せるライオネルだ。
「……そなたは今回、私やオーガストに報告をするのではなくイザベラを選んだ」
「……そうです」
令嬢間で行われた嫌がらせまで報告するなど騎士の仕事ではない。ましてや被害者は、貴族として最下位の男爵令嬢だ。ライオネルに罪はない。
しかし私は気づいてしまったのだ。
セレスティナと一緒にいることにより養われた直感のようなものが、ロマンスの予感を告げている。
「そなたはイザベラが悪意に利用され、悪役令嬢として晒されている今の現実を『彼女のために』受け入れるのか? ライオネル、そなたは騎士だろう」
ライオネルは私の言葉に目を見開いた。
私は手元にある招待状をライオネルに差し出す。
「これは今度の夜会の招待状だ。そなたがこれをどうするかは、そなたが決めろ。私は一度だけそなたに『きっかけ』を与える」
ライオネルは恐る恐るそれを手に取った。彼の黒い目は、公爵家の紋章が刻まれた封蝋を食い入るように捉えている。
あとは彼が決めるだけだ。
そうして公爵家の城で行われた夜会。
セレスティナは空色の上品なドレスを着て城を訪れた。
ドレスを彩るのは彼女の瞳と同じ色の刺繍。
まるで太陽の光に芽を出す草花のようだ。
絵画に描かれる春の女神は、今のセレスティナがモデルになっているのではないだろうか。
今日の夜会の目標は、セレスティナとダンスを踊る事。
そう……初めて会った時に成し遂げられなかった『彼女とのダンス』という悲願を、今日こそ私は叶える。
彼女への“贈り物”は完璧だ。
ライオネルは慣れない貴族の夜会に戸惑いながら、緊張した面持ちで壁際にいる。
ライオネル。
君の騎士道を……私は信じる。
大広間の美しいシャンデリアの光と楽団の奏でる優雅な曲が夜会を盛り上げる。
セレスティナのために、会場を隅から隅まで見渡せる特等席を用意した。
彼女の瞳は凛と前を向いている。邪魔はしない。
私はグラスを傾けながら彼女のブロンドの長いまつ毛、エメラルドの瞳、形の整った薄い唇、横顔全てを目に焼き付けるように眺めながら待った。
その顔が輝き、頬に赤い色がさすその瞬間を。
さあ……見てくれ。
これが私からの贈り物だ。
夜会が終盤に差し掛かるとオーガストは会場の隅でずっと俯いているイザベラに声をかけた。
「イザベラ男爵令嬢。私とラストダンスを踊ってもらえないだろうか」
「え……?」
イザベラはまるで死刑宣告をされたかのように顔を青くした。イザベラの近くには、物凄い形相で二人を睨みつけるレイチェルとその取り巻きがいる。
オーガストは今回の責任を取る為にイザベラを婚約者に選んだ。
長年の男爵の献身を理由にして、彼女と男爵への贖罪を『婚姻』という形で責任を取るつもりらしい。彼女を娶れば男爵家を上位の伯爵家から守る最善の形ができあがる。
死刑宣告をされたようなイザベラの表情を除けば、悪くない判断だ。
「お待ち下さい!」
その時ライオネルが会場の端から声を上げた。
ライオネル……そうだ。
私はこの瞬間を待っていた。
セレスティナの瞳が輝くこの瞬間を。
ライオネルはオーガストの隣に並び、イザベラに跪いた。
そしてイザベラに手を差し出す。
「イザベラ男爵令嬢。一介の騎士の身分である私ですが、君を必ず幸せにすると、私の騎士道にかけて誓う。だから私を……生涯君を守る、君だけの騎士にしてくれないだろうか」
イザベラは目を見開いてライオネルを見た。
隣には公爵の弟であるオーガストが、手を差し出したままライオネルを見て固まっている。
イザベラは困惑し父親の姿を探した。
会場の端で経緯を見守っていた男爵は、イザベラに向かって微笑み、静かに頷く。
男爵には当然先に手を回してある。
さあ……選べ。イザベラ男爵令嬢。
イザベラは男爵の温かい眼差しを見て瞳を潤ませ、ギュッと唇を噛み締めた。
「わたくしの騎士になってください。ライオネル」
そう言って彼女はライオネルの手を取った。
――完全勝利だ。
ライオネルはイザベラの手をゆっくりと引いて歩き出す。
私も立ち上がった。少し襟を正し、完璧な勝利の笑みをセレスティナに向ける。
「セレスティナ、最後くらいは踊ってくれないか」
涙を浮かべながら会場を見るセレスティナに手を差し出すと、セレスティナは立ち上がって私の手を取った。
「アークレイ様、行きますよ!」
「……へ?」
セレスティナは皆がダンスを踊る会場の中央ではなく、外に繋がる扉向かって、私の手を引き早足で歩き出す。
頭の中は混乱で一杯だった。
まさか……違うロマンスが会場内でもう一つ繰り広げられていたというのか?!
私の手回しは?! 私の努力をセレスティナは見ていなかったのか?!
疑問しか浮かばない頭のまま、セレスティナに手を引かれ私達は外に出た。
公爵家の庭園は、夜会会場から漏れ出る淡く優しい光に包まれていた。
そこにいたのはライオネルとイザベラ。
彼らはその淡く優しい光の中で、小さく聞こえる優雅な曲に合わせてダンスを踊っていた。
全てから解き放たれたイザベラは、ライオネルに手を引かれ、楽しげに声を漏らしている。
「アークレイ様……最高ですね……素敵な物語をありがとうございます」
私の手をギュッと握りしめたセレスティナは、視線を前に向けたまま涙声でそう呟いた。
…………最高な訳があるか!!
ライオネル!
踊るなら!!
大広間で踊ってくれ!!!
頭を抱えたくても、手はセレスティナの熱い指先に囚われたままだ。
繋がれた手に高鳴る胸と落胆に暮れる心を抱えた私をよそに、セレスティナは踊る二人を見ながら眩しそうに目を細め微笑んでいた。
アークレイ公爵はついに自分でプロデュースするまでに成長しました!!
弟オーガストを犠牲にして……。
イザベラとライオネルに乾杯!!
今回も空回ったアークレイ公爵を不憫に思っていただけましたら、ぜひ評価とブックマークをパチリとしていただけたら嬉しいです!




