一発逆転なんて狙わないでください!
「兄上、本当に気が進まないのですが」
弟のオーガストはそう言って長椅子で唇を尖らせた。
気持ちはわかる。
むしろ、事の発端に私も大きく関わっているため僅かながらに罪悪感が沸くのも仕方がない。
第二王子と結ばれた男爵令嬢。
辺境伯と結ばれた冷遇された伯爵令嬢。
現在、彼女達の話は貴族令嬢達の中で羨望の的となっていた。
美しい恋物語だけでは済まされないほどの人生の逆転劇。
これに続こうと現在独身であり婚約者もいないオーガストには貴族達からの打診が殺到しているのだ。
オーガストは将来私の補佐を行う為、可能であれば公爵家に連なる貴族の家から婚約者を選ぶことが望ましい。
しかし多くの打診に全て対応する時間はない。
その為、オーガストの婚約者を選ぶ為の茶会や夜会を開く事になった。
セレスティナと婚約していなければ私も餌食になる所だった。
オーガストには申し訳ないが、セレスティナが婚約を続ける決断をしてくれて良かったと心から胸を撫で下ろしている。
そして更に申し訳ないことに、今回オーガストの為の婚約者選びをセレスティナとの逢瀬の理由に使わせてもらった。
いや、セレスティナは私の婚約者なのだから同席してもらうことは公的に必要なことなのだ。
決して、セレスティナの喜びそうな話だなどと真っ先に思ったなんてことはない。
決して、ロマンスがないとセレスティナは会ってもくれないから、公的にも私的にも呼び寄せる理由になるなんて思っていない。
……そう、私はオーガストの婚約者選びを完璧な状態で整えただけだ。
そうして開催されたオーガストの婚約者選びのためのお茶会。
なんとも素晴らしい眺めだ。
横を見れば『婚約者』のセレスティナが座っている。
今思うと多くの貴族が集う場所で、正式に彼女が私の隣に座ったのは初めてだ。
ルゴシュ伯爵家では遠く離れた席に座らされ。
狩猟大会では打倒第三王子のために、開会式の後すぐ席を立つ羽目になった。
そう思うとーー長い道のりだった。
まるで走馬灯のようにセレスティナとのこれまでを思い出す。
……あれ?
そう思うと殆ど碌な思い出がなかった。
結果としては素晴らしい成果を収めていることは間違いない。しかしその過程における心の傷と負荷が尋常じゃない。
よく頑張った自分。
今日はこれまでの自分を労るために、ずっとセレスティナを眺めて過ごしてもいいかもしれない。
「兄上……なぜずっとセレスティナ様の方を向いているのです」
今日の主役であるオーガストは、そう言って私に冷たい視線を向けた。
「セレスティナ様、この度のご参加ありがとうございます」
「いえ、素晴らしいお茶会にご招待いただきありがとうございます」
華やかな黄色のドレスに身を包んだセレスティナは美しい微笑みを浮かべながらオーガストに感謝を述べた。
セレスティナによると、このようなお茶会の場は美しい恋の始まりを見ることができる可能性があるため大好きなのだそうだ。
彼女はお菓子を食べる時も、お茶を飲む時も、会場の端から端へと視線を巡らせるように瞳だけは前を向けている。
令嬢達の些細な動き全てに反応し、何の会話がなされているのかと耳を傾けるセレスティナ。
……これは話しかけたら嫌われる状況なのではないか?
話しかけてはいけないお茶会など、お茶会じゃないだろう。
君は何をしにお茶会に来ているのだ!
……ああそうだった。
他人の美しい恋の始まりを探しに来ているのだったな。
嫌われることを恐れた私は、セレスティナという花を眺めつつお茶を楽しんだ。
「キャア!!!!」
突然の叫び声。
会場に目を向けると、伯爵令嬢が酷くドレスを汚していた。
周囲の令嬢達の視線は「またか」というように、その向かい側に立つ、鮮やかな紫色の髪の男爵令嬢に注がれている。
彼女は空のカップを持って立ち上がり、わなわなと震えていた。
「イザベラ様、どうしてこんなことを……」
「気に食わないのだとしても、これはあまりに酷すぎますわ」
周囲の令嬢はドレスを汚し困惑して涙を浮かべる伯爵令嬢を守るように取り囲み、口々に男爵令嬢を責め立てた。
お茶会のホストであるオーガストは、すぐにそのテーブルに駆け寄った。するとドレスを汚した伯爵令嬢は、オーガストに背を向けて庭園の奥へと走り出す。
「何があったんだ」
「イザベラ様が、レイチェル伯爵令嬢にお茶をかけたのです」
「私たちイザベラ様をお止めすることができなくて」
周囲の令嬢達がオーガストに事情を説明すると、オーガストはイザベラを一瞥しレイチェルを追いかける。
せめてこの状況を整えてから追いかけろ、とため息を溢した。
イザベラ嬢の近くで警備をしている騎士のライオネルに「イザベラをさっさと連れて行け」と合図を出す。
俺の指示を的確に汲み取ったライオネルは頷き、イザベラの手を引いて会場の外へと連れ出した。
それを確認した従者や使用人が、いそいそと他の令嬢に謝罪を述べて移動を促し、汚れたテーブルを片付け始める。
「アークレイ様、先ほどの方は?」
セレスティナは、イザベラが連れて行かれた方角に瞳を向けながらそう尋ねた。
「ああ……ちょっと問題がある令嬢でな。我が家に仕える男爵家のご令嬢なのだが、オーガストの婚約者選びの茶会で毎回問題を起こすのだ」
他の令嬢にお茶をかけたことは一度や二度ではない。
イザベラから嫌がらせを受けたという報告も度々令嬢達から上がっており、厄介なことこの上なかった。
しかし彼女の親である男爵自身はとても真摯に我が家に仕える男だからこそ出禁にすることも憚られる。
公爵家に仕える男爵家のご令嬢が、仕える家の茶会や夜会に出禁になるなど彼の貴族生命を断つことになってしまいかねない。
しかし……放置しておくことも難しいだろう。
オーガストに対応させなくては、と私はレイチェルをエスコートしながら戻ってきた弟に目を向けた。
今回は弟の婚約者選び!
楽しんでくださると嬉しいです。




