文通で愛を育むなんて正気ですか?
「こちらは調度品を集めた部屋となります」
芸術を好むサイラスの集めた調度品の数々は、絵画から彫刻まで数も種類も膨大だった。
第三王子と並ぶほどの武闘派とされるサイラス辺境伯だが、実のところ彼は武闘や剣術よりも芸術や文学を好んでいる。
サイラスにエスコートされたベアトリスは彼の辺境伯らしからぬ一面を見るたびに瞳を輝かせた。
「素晴らしいですわ……」
「喜んでいただけて良かった。手紙でずっと我が家の調度品を見たがっていらっしゃいましたから。ああ、これが前に言っていた光の効果や色彩の印象を捉えて表現する新しい手法で描かれた絵画ですよ」
サイラスはそう言って未完成品のようにぼやけた絵画を指し示した。
しかし気になったのはそこじゃない。
「お二人は手紙のやりとりを?」
「ええ、そうなんです。婚約してから三年となりますがベアトリスとはずっと手紙でやりとりをしておりました。彼女とは趣味も合って、手紙のやりとりだけでもとても楽しくて……会える日を心待ちにしていたのです」
三年?
正気か?
私なら三年も待てない。
迎えに行っている。
サイラスは少し頬を赤らめ恥ずかしそうに笑顔を見せた。
「私は彼女の準備が整うまでいくらでも待つつもりでしたが、待ちきれなくなった側近達が伯爵家や王宮に催促を送ってしまったのです。そのせいでアークレイ公爵まで巻き込んでしまったのですが……ちゃんと私達は、手紙で愛を育んでいたんですよ。な? ベアトリス?」
「え……? ええ、そ……そうですわね」
視線を泳がせながらベアトリスは返事をした。
どう見ても、この女が芸術に造詣が深いとは思えない。どちらかといえば興味があるのは宝石や貴金属だろう。
それに興味がない婚約者との手紙のやりとりを三年も行う忍耐力があるとは思えないのだが、私の決めつけだろうか。
サイラスはベアトリスとの手紙のやりとりの中で出てきた話題の美術品を彼女に見せながら嬉しそうに説明する。
美術品の専門家かお前は。
一通り説明すると、次に彼は図書室へと案内した。膨大な蔵書の中には彼の好む文学を集めた専用の本棚があり、これも同じように一冊一冊を手に取りベアトリスに見せ話を広げていく。
その様子を私達は後方で見守っていた。
「いいんですの? このままで」
ポツリと呟かれたセレスティナの言葉。
その言葉は私に向けられていない。
ずっと黙って彼等の様子を見守っていたソフィアは、セレスティナの言葉にぎゅっとドレスを握りしめた。
――サイラスの手紙の相手はお前か!!
ソフィア!!!!
サイラスの専門的とも言える解説に、当たり障りのない返答しかしないベアトリスに違和感はあった。
当然だ。
彼女は面倒な“田舎貴族の婚約者”との手紙のやり取りを妹のソフィアに押し付けていたのだから。
サイラスはようやく会えた愛する人との逢瀬をよほど楽しみにしていたのだろう。
公爵という客人を放置してでも、手紙の中のベアトリスとの会話と思い出を振り返り、これまでの二人の距離を一気に縮めようとしているように見えた。
まさに不憫。
恋は盲目とはこの事だ。
セレスティナは本棚から一冊の本を取り出し、ソフィアに笑顔を向けた。
「わたくし、この詩集を存じておりますわ。でも文章が少し古典的すぎて意味がよく分かりませんでしたの。ソフィア様はご存じですか?」
「ああ、セレスティナ様も文学がお好きなのですか?そちらは難しい表現が使われていますが意味も含めて非常に美しい詩なのですよ」
ベアトリスと話していたサイラスの意識がこちらへと向いた。
ソフィアには古い詩集というセレスティナの助けの手が差し出される。
「――っ!わたくし……古典文学はよくわかりませんので……」
ソフィアは俯きそう答えた。
蒼玉の令嬢を嫁がせたという栄誉と共に、国境を守る辺境伯の安定を示したい辺境伯家。
良家との繋がりが欲しい伯爵家。
双方の利益の合致で結ばれた政略結婚だ。
正直この婚姻が問題なく結ばれ職務を全うできるなら、ベアトリスでもソフィアでもいい。
どちらかが嫁いでくれさえすれば私の職務は終わる。
ソフィアがサイラスに真実を打ち明けないのであればそれまでの話。
「っと……いけませんね。つい話しすぎてしまって。ベアトリス、よければ二人で温室でお茶を飲まないか? 他の皆様には、部屋にお茶の用意を届けさせましょう」
「あら、わたくしも温室にご一緒したいですわサイラス様」
セレスティナは唇を尖らせてそう言った。
二人きりにしてほしいというサイラスの要望を、可憐かつ身勝手に跳ね除ける。
セレスティナ!!
君は今、公爵の婚約者としてここにいることも忘れないでくれ!!!
しかし、今の私とて同じ事だ……。
公爵としてだけでなく他人のロマンスを求めるセレスティナの同志としてここにいる。
「わ……私も是非温室でお二人とご一緒したいですね。折角です。ソフィア様も一緒に行きましょう」
強権発動。
私がサイラスの立場なら一瞬で敵だと認定している。
しかし、セレスティナがこのロマンスの結末を望んでいる以上、私は公爵としての体裁よりも同志の義務を選ぶしかない。
失敗すれば、私は婚約者との逢瀬を邪魔する無礼な公爵としてサイラスの頭に分類されるだろう。
私はセレスティナの追い求めるロマンスを後押しするしかなくなった。
サイラスへの言葉は丸々自分へのブーメランになっていることを気づいていません。
アークレイ公爵。君も恋に盲目になってるぞ!




