容姿の美しい辺境伯なんて見たら、そりゃ態度も変わるよね
「揺れが気持ち悪くなって参りました。そろそろ休憩に致しませんか?」
ベアトリスはそう言って、扇を口元に当て辛そうに瞳を潤ませた。
嘘つけ。何度休憩を挟むつもりだ。
これ以上休憩を挟めば、またどこかで急遽宿を取らねばならなくなるだろう。
「もうじきですから、しばしのご辛抱を」
私は笑顔で彼女の要求を却下した。
彼女は同情を誘えるとでも思っているのか、潤んだ瞳を私に向け続ける。
「ベアトリス様、お辛いでしょうがもうじきです。着きましたら、すぐにお部屋に案内していただきましょう?」
そう言って私の“婚約者“であるセレスティナは優しく彼女を宥めた。
私の婚約の申し出は彼女に受け入れられたのだ。
『美しい恋のために婚約が必要なのでしたら是非ともお願いします』
これが返事の一行目に書かれていた。
まさに快諾である。
断られることを何日も想定することで、どのような返事が来ても心が対応できるように鍛えたつもりだった。
しかし、まさか快諾がこれほど心を負傷させるとは思ってもみなかった。
“美しい恋のために”というこの一文は、どう考えても余計な一言だったぞセレスティナ。
彼女のロマンスへの情熱は自身の婚約すら快諾させてしてしまうものらしい。
また一つ知りたくない方面の彼女の一面を知ることができた。
そうして私達は、辺境伯領に向かう馬車の中にいる。
これまで散々甘やかされて育てられたのであろうベアトリスは、侯爵令嬢であるセレスティナへの態度もよろしくない。
どのように甘やかせば、このように性格が捻じ曲がるのかと問いたくなるほどに、皆が自分を尊重すると勘違いしている。
「ソフィア、あなたも気持ち悪いわよね?」
「――っ!」
ベアトリスの隣に座るソフィアは、彼女の一言にびくりと肩を震わせた。
そして私とセレスティナに一度視線を向けるがどちらにつくこともできず黙り込む。
「はぁ、本当に使えない子」
ベアトリスは小さくため息をつき、嫌そうに窓の外に広がる長閑な風景を眺めた。
ソフィアはベアトリスの妹だ。
彼女のことは最初、ベアトリスの侍女か何かかと思った。
それほどまでにソフィアはベアトリスと似ていない。
蒼玉の令嬢と呼ばれる所以となった深く美しい青色の髪を持つベアトリス。
対してソフィアは、同じ青色でも、くすむような水色の髪色をしている。
顔の造形にそれほど差異があるとは思わないが、ソフィアのこの怯えるような態度と地味な装いがそう見せているのもしれない。
きっと彼女は普段からこのようにベアトリスや家族に色々と命令をされているのだろう。
娘を使用人のように扱うなど理解できないが、努力も苦労もせず娘の造形の美しさだけで良家との繋がり作ってしまうと、価値観が歪んでしまうのかもしれない。
そして私達は辺境伯の城に到着した。
サイラス辺境伯を『田舎貴族』と評しているらしいベアトリスは、彼の城を見てその目を見開いた。
広大な敷地に聳え立つ城は、大きさだけ見れば公爵領にある私の城よりも大きい。
辺境伯の城は軍事拠点としての一面があるので仕方がないが、何度見ても圧巻の光景だ。
城の玄関では、サイラス辺境伯が私たちの到着を待っていた。
馬車が到着するとサイラスは蒼玉の令嬢ベアトリスにエスコートの手を差し出す。
「ようやく会うことが叶ったなベアトリス。君に会えるのを楽しみにしていた」
理知的な美しさを纏ったサイラスを見た瞬間、ベアトリスは顔を赤らめ、先程までの態度を一変させた。
彼のエスコートの手を取り馬車を降りた彼女は、蒼玉の令嬢と呼ばれるに相応しい態度で恭しく礼をする。
「わたくしもお会いできるのを楽しみにしておりました」
ベアトリスは今回初めて彼と会うので知らなかったのだろう。
サイラス辺境伯は私が認める数少ない傑出した人物だ。
容姿だけでなく、私と同じこの国を実質的に動かす頭脳と地位を持っている。
ソフィアと私の“婚約者”であるセレスティナもサイラスと挨拶を交わしあった。
サイラスは伯爵または伯爵夫人がベアトリスの付き添いとして来ることを想定していたため、侍女のように地味な妹がベアトリスの付き添いとして来たことに少し驚きをみせた。
「お父様とお母様は少し遅れて到着することになりましたの。でも一人では不安でしたから、ソフィアに付いてきて頂いたのですわ」
ベアトリスはサイラスにそう説明した。
嘘つけ。
辺境伯周囲から婚姻の遅れを責められることを見越してソフィアという生贄を差し出し、ほとぼりが冷めた頃に合流するつもりなだけだ。
まあ、サイラスは責任のかけらもない妹令嬢を責めるような人物ではないので、ソフィアが今回の責任をあれこれ言われることはないだろう。
ただ……我慢の限界だった。
「ああ、ベアトリス様の部屋に先に案内していだけますか?どうやら彼女は気分が悪いようで」
「いえ、もう大丈夫です。ご心配いただきありがとうございますアークレイ公爵」
私の提案に、ベアトリスは余計なことを言うなとばかりに私を睨みつけた。
セレスティナに対する馬車での態度の報復だ。
何度も馬車を止めさせ工程を遅らせたくせに、一瞬にして態度を翻したことを私は許していない。
するとベアトリスの後ろにいるセレスティナが、拳を握って私に笑みを向けた。
……なんで?
今回の目的はサイラスとベアトリスの婚姻を整えることだ。
ベアトリスのこの変わりようならば婚姻は問題なく整うだろうと思い小さな報復をしたのだが……。
何故私はセレスティナに「そうですねこのまま部屋に下がらせてしまいましょう!」という熱い視線を向けられているのだろう。
「……いえいえベアトリス嬢。無理はなさらずとも構いませんよ」
私の言葉にセレスティナは瞳を輝かせて肯定の頷きを繰り返す。
「もう治りましたから……」
ベアトリスは顔を引き攣らせながらもう一度断った。
ここまでくると、私の言葉は権力を使ったベアトリスへの嫌がらせになっている。
それなのに何故だセレスティナ?!
何故嫌がらせをする私に喜びの視線を向ける?!?!
「それよりも! わたくし素敵なこの城の中を見て周りたいですわ!!」
ベアトリスはそう言ってサイラスの腕を取り笑顔を見せた。
サイラスは口を挟まず笑顔でこのやりとりを見守っていたが、彼女の一言で「構いませんよ。ご案内しましょう」と快諾する。
するとセレスティナがおずおずと手を挙げた。
「わたくしも是非ご一緒させていただきたいのですがよろしくて?」
は?
公爵邸に来た時は、すぐさま別邸に引っ込んで出てこなかったセレスティナ。
「辺境伯のお城を訪れる機会などそうないですから」
彼女は言葉を重ねてサイラスにお願いする。
いや、わかっている。
きっと彼女はロマンスを見逃したくないのだ。
ただそれだけ。
城の美しさなら遥かに公爵邸の方が勝っている。だから違うはずだと自分に言い聞かせる。
「もちろんです。よければアークレイ公爵とソフィア様もご一緒にどうぞ」
邪魔をするなと言いたげに、ベアトリスは私達を睨みつけた。
しかし私は、セレスティナが行くところならばどこへでも行く。
「ありがとうございます。是非よろしくお願いします」
ソフィアも辺境伯の城に興味があるようだ。
ベアトリスの視線の意味を理解していながらも、彼女はサイラスの提案を承諾した。




