国一番の美女がいい奴だったことありますか?
素晴らしきかな。
ここにきてセレスティナとの文通が始まった。
「他人の美しい恋」を好む同志としてセレスティナに認定された私は、熱いロマンスへの情熱をぶつける相手として彼女に選ばれたのである。
『アークレイ様、先日はわたくしだけ最高の舞台を鑑賞してしまい申し訳ありませんでした。せめてものお詫びとして、思い出せる限りの詳細を記載させていただきました』
そんな冒頭から始まったセレスティナの手紙。
そこには壇上でのコンラッド王子とロレッタ侯爵令嬢の詳細なやりとりが事細かく記載されており、私は若干だが顔を引き攣らせた。
この光景を見ながら、この手紙をしたためたのではないか? そう思うほど、全てが詳細に記載されている。
セレスティナは一言一句彼らの言葉を覚えているようだ。
目玉は二つしかないはずなのに、何故周りの貴族の表情まで記載されているのか理解に苦しむ。
ロレッタ侯爵令嬢の瞬きの回数はそれほど重要事項なのだろうか。
コンラッド王子の耳の赤さを花に喩えられても想像すらしたくない。
この手紙で分かったこと。
それは、どれほど優秀な書記官でも、きっと彼女には敵わないということだ。
もし彼女がこの才覚を書記官として発揮していたら、おそらく書記官として最高の地位を得ていただろう。
まあそれは良い。
私は返事を書くためにペンを握る。
正直嬉しいかと言われると、複雑な心境だ。
私は同志ではなく君の恋人になりたい。
むしろ婚約して最速で家族になりたい。
君が胸を高まらせたロマンス全てを私が再現してみせるから、どうか私にその瞳を向けてほしい。
彼女とのやり取りが増えれば増えるほど、私は感情を暴走させた。
ただ文通というのは本人が書いている以上、どこかにその者の癖や好みが現れるものだ。
彼女の思考と私の思考をシンクロさせれば、彼女が胸を昂らせる最高のロマンスが理解できるはずなのだ。
とりあえず瞬きの多さや耳の色調の変化は、彼女の胸を昂らせる事項である。以上がこの報告書より判断できた。
これは前進だ。
そしてある時、彼女からの手紙にとんでもない内容が記載されていた。
『サイラス辺境伯の婚姻問題に、この度アークレイ様が介入されると伺いました。わたくしも辺境伯領に同行させていただけないでしょうか』
──誰に聞いた?!?!?!
私は目を見開き、この手紙を凝視した。
どこから漏れたのか。
その情報源は記載されていない。
ただ彼女の情報網は王宮内部にまで届くようだ。
セレスティナという人物を徹底的に調べ上げ、彼女に後ろ暗い事がないからこそ追求はしない。
だが場合によっては他国の密偵と疑われても仕方がないのだぞ!!!
分かっているのかセレスティナ!!
昂った感情を落ち着かせながら、再度セレスティナの手紙に視線を落とす。
サイラス辺境伯──彼は未だ情勢が不安定な隣国との国境を守っている辺境伯だ。
この国にとってかなりの重要人物である。
そして手紙に書いてある通り、彼の婚姻に関して些か問題が起こった。
彼の婚約者であるベアトリス伯爵令嬢がのらりくらりと婚礼の日を遅らせるのだ。
この婚約は何年も前から成立しているにも関わらず、未だ婚礼が行われていない。
あまりの進展のなさに、辺境伯の周囲の者が痺れを切らし催促状を送ってきたのである。
辺境伯の婚姻は、国境の安定を示す公的な儀式。
これ以上遅らせるわけにはいかず、私が介入せざるを得なくなった。
以上が事の顛末だ。
この問題にセレスティナは興味を示している。
ここに美しいロマンスがあると思っているのだ。
しかしこの婚姻にロマンスなどかけらもない。
なぜなら当のベアトリス伯爵令嬢がこの婚姻を嫌がっている。
伯爵家がベアトリスの行いを黙認していたのは、婚姻を嫌がるベアトリスが辺境伯領で問題を起こすのではないかと危惧したせいだ。
その問題をただ先送りにしていただけの話。
「ベアトリスが遊び飽きれば、諦めて嫁いで行くと思っていた」
事情聴取した私を前に、伯爵は悠長にそう答えた。気まずそうに視線を泳がせてはいるが、全く反省の兆しはない。
「何もない辺境の地より、こちらの方がわたくしの美しさは輝くのですもの」
当事者であるベアトリスは、伯爵の横に座りながら拗ねるように唇を尖らせた。
公爵と話をしているにも関わらず、その指先は自身の髪を巻きつけ、くるくると遊ばせている。
当然、その場で頭を抱えたくなった。
貴族の婚姻を何だと思っているのか。
ベアトリスは『蒼玉の令嬢』と呼ばれるほど、国一番の美女として有名だ。
第三王子すら手に入れられなかった伯爵令嬢。
確かに“異名だけ”ならば、国境を守る辺境伯に相応しい。
しかし……私なら、こんな家と縁を繋ぎたくない。
このような女と婚姻を結ぶなど、死んでも御免だ。
サイラス辺境伯に私は心から同情した。
それでも、この国の公爵として公務はこなさなくてはならない。
この度の私の仕事──
それは、嫌がるベアトリスを辺境伯の領地まで送り届け、婚姻が必ず行われるよう整えることである。
この仕事について来た所で、失望する事は明らかだ。
セレスティナの『ロマンスの予感』は見事外れているのだから。
しかし、これは彼女からのお願いだ。
敢えて情報は伝えず、失望したセレスティナを慰められる貴重な機会とも言える。
それに彼女の熱意によっては、もう一歩踏み込めるかもしれない。
私は悩んだ。
心から悩んだ。
──同行を認められるためにセレスティナはどこまで許すのか。
彼女の今まで見てきた性格を考慮すれば可能性がないわけではない。
しかし倫理的にもどうなのか、という私の良心がペンを進ませることを躊躇わせる。
……決して断られた時の心のダメージを考えた訳ではない。
しかしこのままでは「他人の美しい恋を愛する同志」という立場から抜け出すことはできないのだ。
私は覚悟を決めた。
玉砕したとて駄目で元々。
そう思えば何も怖いことなどない。
震えてインクが垂れないよう慎重にペンを走らせる。
『私の婚約者としてならば同行できるだろうーー』
アークレイ公爵、賭けに出ました!
婚約者の提案にセレスティナはどう返すのか。
この後も、楽しんでもらえると嬉しいです。




