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恋愛フラグを立てることすら難しい相手

 

 後日。

 セレスティナに花と手紙を贈った。


 返事はなかった。


 セレスティナに二人きりの茶会の招待状を送った。


 実家から丁寧な謝罪文が届いた。


 その丁寧かつ遠回しに断る謝罪文をテーブルの上で力任せに握り潰した。


 頭の中に浮かぶのは『何故』という言葉だけ。


 彼女の周囲に男性の影がないことは徹底的に調べ上げた。

 それなのに会うことすらままならない彼女は、まるでお伽話の精霊のようだ。


 私の花と手紙はどうした。

 

 ありがとうの一言くらい、返事はあってもいいと思う。


 心を鷲掴みにされた彼女の笑顔を何度も何度も反芻しているのは私だけなのだろうか。


 うん、私だけだな。わかっている。


 でも会わない期間に想いだけが募っていくのだ。

 

 王宮の煌びやかなシャンデリアより、彼女のあの笑顔は輝いていた。まるで彼女の周囲だけ光の精霊が魔法でもかけたかのよう煌めいて見えたのだ。


 彼女に会いたい。

 彼女のあの笑顔を私に向けて欲しい。


 何度この想いに胸を焦がせばいいのだろう。


 次に彼女に会うことができるのは、ルゴシュ伯爵家で開かれるティーパーティ。

 

 そう。赤の他人のお茶会である。


 彼女が来ると聞いた私は、ルゴシュ伯爵に無理を言って参加させてもらうことにした。

 いや無理に頼んだ訳ではない。ただ、参加させて欲しいと頼んだ時のルゴシュ伯爵の顔がそう思わせただけだ。


 何故我が家のお茶会に公爵閣下が?!


 そう思う彼の気持ちは、そのまま表情に現れていた。


 そしてお茶会当日ーー。

 

 金色の刺繍が施された白いコートを羽織り、ルゴシュ伯爵家へと向かった。


 私の姿を見た貴族達が少しざわめくのを感じたが、今の私はそれどころではない。


 本当にセレスティナは来ているのか。

 それだけが問題だった。


 花が咲き誇る庭園には少人数ずつが座れる席が用意されており、その中から彼女の美しいブロンドの髪を探す。


 そして見つけた。


 ベオグラード家の侯爵令嬢が座るべき席ではないだろうと指摘したくなるような末席に彼女はいた。


 若草を思わせるような品の良いドレスに身を包んだ彼女は、朗らかな笑みを浮かべて周囲の令嬢と会話を楽しんでいる。


「セレスティ……」


「公爵、こちらの席へどうぞ」


 振り返ると、ルゴシュ伯爵が満面の笑みで私に席を示している。

 それは彼女から遠く離れたホスト席の右隣。主賓席だった。


 お茶会は一見和やかにみえる空気で進んでいく。

 とはいえ、第二王子が妹に婚約破棄を告げ、男爵令嬢を選ぶという前代未聞のゴシップの後。ひっそりと、そして確かにその話が各テーブルでなされているのがここからでも分かった。


 第二王子にもう王位継承権はない。

 というより、私が許さない。

 

 しかし、それでも男爵令嬢が得られた王子妃という地位は伯爵家のお茶会に集まる令嬢達からは羨望とも言える話だ。


 自分にもそのようなチャンスがあるのではないか。そんな期待に胸を膨らませた下位の貴族令嬢達の視線が私に突き刺さる。

 

 お茶会も中盤に差し掛かった頃、主催であるルゴシュ伯爵夫人が柔らかな声で「お飲み物のお代わりはいかが?それとも、皆さま少し庭園で足を伸ばされますか?」と声をかけた。


 その一言で、ようやく招待客たちは席を立ち、挨拶を交わしながら庭園へと散らばり始める。


 私は颯爽とセレスティナの元へと向かった。

 その道中、何人もの令嬢が私に話しかけ、その度に時間を取られる。

 

「庭園へは後から向かおうと思っているんです」

「少し挨拶をして参ります」

 

 そう言って彼女達の『挨拶』という名の誘いをかわし続け、ようやく彼女のテーブルへと辿り着いた。

 

 彼女は席に座ったまま、瞳だけは真っ直ぐに前を向いてお茶を飲んでいる。

 私が令嬢達という幾つもの障壁を抜けて、やっとの思いでここに辿り着いたかなんて気にもしていない様子だった。


「セレスティナ侯爵令嬢」

 

「あら、アークレイ公爵ごきげんよう」


 彼女は私に一度形式的な笑みを向けると、視線をまた前に向けた。その視線は、庭園や美しく咲き誇る花に向いていない。


 彼女にむけた笑顔の端がぴくりと痙攣した。


 名前を呼ばれたのだから、私がこの会場にいることも話しかけたことも認識されているはずだ。


 ただ、明らかに眼中には入っていない。


「……セレスティナ嬢、実は妹と隣国の王子との縁談が無事まとまりそうなんだ」


「まあ!!本当ですか?詳しく聞かせてくださいませ!!」

 

 セレスティナはようやく私の目をしっかりと見て瞳を輝かせた。そして彼女は立ち上がり、胸の前に手を組んで話の続きを、とせがむように私を見る。


 なんとか彼女の興味が引けたことに胸を撫で下ろし、彼女をテーブルから引き離すことに成功した。


 彼女が聞きたがった妹と隣国の王子の縁談話。

 

 隣国の王子妃に我がカランセベシュ家の娘が選ばれたのだ。その縁談がもたらす恩恵は計り知れない上、貴族同士の力関係も変化する。政略的にも貴族にとっては関心しかない話なはずなのに……。


 あの生真面目な隣国の王子がどのように妹に想いを告げたのか。そして妹がどのように反応したのか。


 ただそれだけに彼女は興味を示した。

 

 『隣国の王子が妹のどこに惚れたか』よりも、私達にはもっと優先すべき話題があるはずなんだ。


 それなのに何故……。

 公爵家に齎された恩恵の話で彼女の瞳の輝きが死に絶えるのか、誰か教えて欲しい。


 赤い薔薇の花束を隣国の王子が我が家に持ってきた話のどこがそれほど面白いのか、誰か教えてくれ。


「他人の美しい恋が大好きなんですの」


 そう言った彼女の言葉に嘘偽りなどなかったことを、私は嫌と言うほど思い知った。




 

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