【閑話】ある王子の恋物語2
「コンラッド王子はロレッタ侯爵令嬢に獲物と栄誉を捧げるおつもりなのですか?」
狩猟大会の開会式。
挨拶に来たアークレイ公爵は、突然私にそう尋ねた。
ロレッタとの婚約は、今日の閉会式で貴族達に発表するつもりだったのだ。
秘匿されていた私の婚約者候補。
それをアークレイ公爵が他の貴族らに先んじで掴んでいたという事実は、一瞬で頭を真っ白にさせた。
取り繕えなかった私に、アークレイ公爵は「真実なのですね」と小さくため息を漏らす。
責められるだろうか。
王子としての責任を何だと心得ている、と罵られてもおかしくない。
背中に冷や汗が滲み、ただ彼の金色の瞳を見つめ返すことしか私にはできなかった。
彼は私を見据えたまま声を落とす。
「では、ブラッドフォード王子もロレッタ侯爵令嬢に獲物と栄誉を捧げるつもりである事はご存知ですか?」
「なんだと?!?!」
反射的に大きな声が出た。
周囲の貴族達の視線が、一斉に私達に突き刺さる。
「……っ!! アークレイ公爵、こちらへ来てくれ」
私は人払いをした上で、急いで彼を物陰へと連れて行った。
どこから私の婚約が漏れたのか。
そしてブラッドフォード王子がロレッタを狙うという情報をどこから得たのか。
問い詰めたが、アークレイ公爵は煙に巻くばかりで、その情報源を明かそうとはしなかった。
「どこから漏れたか……それよりも、ロレッタ侯爵令嬢がブラッドフォード王子に狙われている事の方が重要では?」
平坦な声で諭すように語るアークレイ公爵。
確かにそうだ。
だが信じられるはずがない。
ロレッタを得たところで王位が近づくことはないのだ。第三王子に彼女を狙う理由がない。
淡い希望をまだ抱き続ける私に、アークレイはスッと目を細めた。
「ブラッドフォード王子は、貴方を完全に潰すおつもりなのです」
「そんな……本気で言っているのか?」
「憂いを残しておきたくないのでしょう」
ブラッドフォード王子の悪辣極まりない行動に吐き気と悪寒がした。
彼のやろうとしている事は、王族という圧倒的な権力を持つものに与えられた最悪で最も効率の良い謀略だ。
ロレッタに訪れるだろう最悪な未来が、一瞬で脳内を駆け巡る。
ブラッドフォード王子は、きっと婚約破棄を言い渡す際にロレッタの純潔を奪ったと周囲に仄めかすだろう。
その行いが真実か真実でないかは分からない。しかし王子から一度そう言われてしまえば、元婚約者の令嬢は他の貴族に嫁ぐことなどできなくなる。
そう──これはブラッドフォード王子が私に与する貴族達にすでに使った手だ。
ロレッタを待つのは傷物令嬢という絶望の未来だけ。ロレッタの実家は、彼女を守れなかった私を見限るだろう。
あの時握ったロレッタの手の温もりが褪せていく。震えた指先は、もう力が入らなかった。
自然と下がる視線は、地面を映す。
今知ったところで、私には阻止する策も力もない。無力感だけが私を満たした。
一瞬の静寂。
項垂れる私の頭上に、突然声が降り注ぐ。
「私は今回、全力を賭してブラッドフォード王子の優勝を阻止します。コンラッド王子は……どうされますか」
目の前に齎された救いの糸。
顔を上げると、アークレイ公爵の金色の瞳には固い決意と揺るぎない自信が滲んでいた。
ロレッタとの婚約は、王位争いから逃げるためであったと、優秀な彼はもうすでに理解している。
それを責めなかっただけじゃない。
王にはならない私の為に危機を知らせ、助けまで出すという。
それは、ブラッドフォード王子に睨まれる行為だと理解しているはずなのに。
その上で彼は私に問うているのだ。
選択権を私に与えてくれている。
──逃げるわけがなかった。
彼女を必ず幸せにすると、私は誓ったのだ。
「私にも協力させてくれ。アークレイ公爵」
他人に厳しい彼が私に笑顔を向けたのは、長い付き合いの中で今回が初めてだった。
♦︎ ♦︎ ♦︎
アークレイの策は見事に機能した。
私は元来、狩猟や武闘などを得意としていない。
今回の狩猟大会は、ロレッタとの婚約を発表するためのただの舞台だった。
しかしアークレイ公爵の打ち出した策は、周囲の力を借りて私の実力を押し上げる。
狩れない獲物が出てきたら救援を呼ぶ。
ただそれだけの策なのに、側近を連れて行った今までの狩猟大会とは明らかに成果も、効率も違っていた。
アークレイ公爵の集めた仲間達が、特別優秀な訳じゃない。
一人一人の力は狩猟の腕前にしても、地位としてもさして強くはないのだ。
しかし彼の繋いできた縁と数の力は、巨大な勢力を打ち破る力を持っていた。
狩猟大会は単に獲物を獲る腕前の力を試す場ではないだという発想の転換。
これこそが、彼が優秀と言われる所以──
「ロレッタ侯爵令嬢に獲物と栄誉を捧げる!!」
優秀な成績を残した者として壇上に呼ばれた私は全貴族の前でそう宣言した。
会場の端に佇むブラッドフォード王子。
彼の闇を孕んだ紫色の瞳に睨まれながら、私はロレッタの前に跪く。
婚約は先程の宣言で既に発表されている。
しかし、私の決意はそれだけではなかった。
王位争いから逃れるためだけではない。
心から君のことを愛しているのだという精一杯の気持ちを込めて、私は首飾りを彼女に差し出した。
炉の光のように温かい彼女の瞳が一瞬で潤む。
一歩踏み出した彼女は、幸せを噛み締めるようにその首飾りを受け取った。
その瞬間──ブラッドフォード王子を上回る強い視線を隣から感じた。
私の一挙一動、全て逃さないというような視線の圧。
恐る恐る横を見ると、その人物と目が合った。
──セレスティナ侯爵令嬢。
彼女はアークレイ公爵から獲物と栄誉を捧げられ、優勝者の場所にただ一人で立たされていた。
セレスティナ嬢の潤んだ瞳が、私の胸を罪悪感で軋ませる。
彼女には本当に申し訳ない事をしてしまった。
そういえば、アークレイ公爵の胸にも白いハンカチが顔を覗かせていた気がする。
もしかすると彼も今回の狩猟大会で婚約を発表するつもりだったのかもしれない。
彼は今回の大会の優勝者。
これ以上にない婚約の舞台だ。
しかし彼は自分の婚約よりも、第三王子の醜い策謀を阻止することを選んだ。
彼女と自分の栄誉よりも、王位から逃げた私と私の愛する女性を守ってくれたのだ。
いや、それだけじゃない。
優勝したアークレイは「服が汚れてしまったから」と理由をつけて表彰式を欠席した。
おかげで、彼とセレスティナが得るはずだった喝采は、私とロレッタに全て注がれた。
これ以上ない婚約の舞台まで譲られてしまったのだ。
まだ食い入るように見つめてくるセレスティナ嬢から視線をそっと外した。
無言の圧が正直怖い。
さすがアークレイ公爵の選んだ女性である。
……いつか、この恩を返さなくてはな。
その時には、今よりも少しはマシな男になっていたいものだ。
アークレイ公爵とセレスティナ嬢の幸せを私は心から願い、胸に決意を灯した。




