雨宿りというロマンスの裏で折られるフラグ
「アークレイ様、エイブラハム様、おはようございます」
セレスティナは美しい笑みを浮かべて私達に挨拶をした。
しかしおかしい。
何故セレスティナはズボンを履いている?
一方のシャーロットは動きやすいシンプルなスカートに小さなポーチを肩から下げるという装いだ。
二人で遠乗りに行く際、貴族令嬢は少し短く拵えたシンプルなスカートで男性の前に乗るものである。
「昼食の準備はこちらでさせて頂いたでしょう?荷物が多くなってしまったので、私も一頭お借りして別の馬で行くことにしましたの」
そう言ってセレスティナはバスケットが縛り付けられた馬を示した。
確かに4人分の昼食や飲み物を考えると荷物は多くなる。
しかし、これでは甘い雰囲気になる気配が微塵もないではないか。
「あまり飛ばされると怖いですわ」
そう言ってセレスティナが私に捕まる。そんな甘い未来はどこにいったのだ。
「お姉様……わたくしも馬に乗れますわ」
「シャーロットは乗馬がそれほど上手じゃないでしょう?だからエイブラハム様に同乗させてもらった方がいいと思うわ」
「でも……!!」
キッと唇を結んでセレスティナに苦言を述べるシャーロット。
一筋縄では行かなさそうな雰囲気がすでに出発前から漂い始めた。
しかしセレスティナはそれをいとも簡単に、魔法の一言で諦めさせる。
「ではアークレイ様に同乗させてもらいますか?」
おい。何故そうなる。
この流れで私を巻き込むな!!
シャーロットは私をチラリと見て小さくため息をついた。
「……エイブラハム様で我慢します」
その返事もおかしいだろうシャーロット!
シャーロットをエイブラハムと同乗させるために、何故私がこれほどまでに心に傷を負わなくてはならないのだ。
自分が公爵という身分であることを忘れそうになった。
ただ、それよりも気になる事がある。
心配なのは本日の天気だ。
昨日までの青空は姿を消し、今は分厚い雲が空を覆っている。
起床時に、遠乗りを明日にずらすかという提案を使いに持たせ別邸に向かわせたが、セレスティナの返事は「むしろ好都合」だった。
遠乗りで雨に見舞われることのどこが好都合なのか理解できないが、昼食まで用意してもらっておいて今更明日に回すのも気が引ける。
雨が降らないことを祈りながら三頭の馬を走らせ泉へと向かった。
意外だったのはセレスティナの乗馬の腕前だ。
華奢な身体から想像もできないほど優雅に美しく馬を乗りこなしている。
一つにまとめられた長いブロンドの髪が風に靡く。
まるで一枚の戦乙女の絵画のようだ。
だが、その神聖な絵画の背後からは「ちゃんと支えてください」「怖いですわ」と叫ぶシャーロットの声が響いていた。
二人の密着具合。
あれが本来私が求めていたものだったことは言うまでもない。
「あら……雨が降ってきましたわね」
そう言って不意にセレスティナが馬を止めた。
空を見上げるとポツリポツリと雨の雫が顔に当たる。
急いで戻ってもきっと屋敷に着く頃には濡れ鼠のような姿になってしまうことを考えれば、どこかで雨をしのぐのが最善に思えた。
「エイブラハム。どこかに馬を――」
「きゃあ!」
そんな声に振り返ると、セレスティナが乗っている馬が急に走り出していた。
先ほどまであれほど大人しくセレスティナに乗られていたはずなのに、セレスティナの馬は一気に森の奥へと彼女を乗せたまま駆けていく。
「……っ!!追いかける!!エイブラハムとシャーロットはどこかで雨を凌いでいろ!!」
私は彼らにそう叫んでセレスティナを乗せた馬を追いかけた。
迷ってしまうのではないかと思うほど、セレスティナの馬はめちゃくちゃに道を走る。
落馬などしてしまえば、森の奥でセレスティナが怪我をしてしまうかもしれない。
焦燥で私の額には汗が滲んだ。
すると突然「どうどう」という彼女の声と共に馬が停止する。
彼女は「いい子ね」と優しく馬を撫でてから優雅に馬から降りた。
……馬の暴走は?
先ほどの叫び声を上げた人物とは思えないほど、彼女は清々しい顔で私に微笑んだ。
「アークレイ様ならきっとついて来てくださると思っていました」
私はその一言で、先程まで死に物狂いで馬を追っていた自分が、彼女の掌の上で踊らされていたことを悟った。
しかし全てを許そう。
シャーロットとエイブラハムは遠い森の先。
今から合流したら雨に濡れてしまう。
ここは雨が止むまで別行動を取ることが最善だ。
少し予定は違ったが、セレスティナと二人きりという状況が舞い込んできた。
しかも、この雨が降り続ける限り二人きりでいられるのだ。
まさに好都合。セレスティナの言葉は正しかった。
馬から降りたセレスティナは、手際よく馬を木に結び始めた。そして積んであった荷物を下ろし、その場で開ける。
「セレスティナ。荷物は持って進もう。先に雨宿りする場所を探さなくては……」
「大丈夫です。雨には濡れません。こちらはアークレイ様の分です」
そう言って手渡されたのは雨除けの地味なローブだった。
彼女はバスケットいっぱいに二着のローブを仕舞い込んでいたらしく、それを取り出すとバスケットの中身は空になる。
……おい。昼食はどこにいった。
彼女は「早く着替えてください」と私を急かしながら、すっぽりとそのローブを頭から被った。
その姿はまるで戦における斥候そのもの。
私は戸惑いながらも彼女に急かされるまま斥候仕立てのローブを被る。
この国の最高位である公爵が、地味な雨除けのローブを被り何をしているというのか。
そんな風に湧き上がる理性からの問いを、私は必死で殺した。
「さあ、ついて来てくださいませ!」
彼女は迷わず森の中を突っ切るように歩き出した。
めちゃくちゃに走ったので確証はないが、彼女の足は間違いなくシャーロットとエイブラハムの元に向かっている。
今回ばかりは、妹であり侯爵令嬢のシャーロットと侯爵子息のエイブラハムという『貴族の縁談』のためにセレスティナは二人を連れて来たのだと思っていた。
しかし、そうじゃない。
彼女の輝くエメラルドの瞳はただ真っ直ぐに「大好きな他人の美しい恋」の結末を見届けるために前を向いていた。
頑張れ!負けるなアークレイ!
と思っていただければ嬉しいです。
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