第七話 「実験おしまい」
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静寂が戻った森の中、魔力の残滓が空気をざらつかせている。
ソフィアは、小さく息をつくと、腰にぶら下げた小さなノートを取り出し、戦闘の記録を淡々と書き留めた。敵の動き、魔力の出力、術式の展開速度、そして──燃費。
(やっぱり、間違いない)
彼女は倒れ伏した魔導師たちの魔方陣跡を見下ろし、あらためて確信する。
(信仰魔法は、“魔力を捧げる”ことを前提に組まれてる。術者の意思や理論を介さず、神を媒介に魔法が発動する……代償として、魔力の消費がとてつもなく大きい)
魔方陣は既に崩れ、形も薄れていたが、残留していた微細な魔力の流れは、確かに“上方”へ向けて吸い上げられていた。
(神という媒体に任せれば、誰でも術を使える。理屈も制御理論も不要。ただし、“効率”を捨てるという代償つき)
ふぅ、と一息ついて、ノートを閉じる。
(私の魔力量は平均だった。でも、魔法効率を含めれば──まるで平均じゃない。……最悪)
ほんの少しだけ、表情が曇る。
(……でも、まあ、いいか。平均が一番、実験には使いやすいと思ってたけど。観察対象ならいくらでもいる、むしろ──個人的にはずれてた方が面白い)
自嘲気味に笑うと、彼女は立ち上がり、落ちた枝を足でどけながら森の奥へ歩き出した。
一方──
森の奥、教団部隊が敗れ去った現場。夜の気配が静かに流れる中、地に伏したまま、ひとりの男が意識を保っていた。
教団部隊長、エリオット。全身に鈍い痛みを抱えながら、胸元の小さな通信石に震える指を伸ばす。
微かな魔力を流し込むと、通信石に淡い光が灯る。
「……こちら、第三地区 調査隊隊長エリオット……コード:虚白。司祭様、応答願います……」
数秒の静寂の後、通信石の向こうから、柔らかく冷たい風が吹き抜けるような声が返る。
『聞こえている。……報告を』
風の司祭──ヴァルデン=グラハム。教団上層にあって、その思考の鋭さと冷徹さで恐れられる男。
エリオットは地面に片肘をつきながら、かろうじて声を押し出した。
「……例の“魔族痕跡”の件、確認……完了しました。ですが……対象は、魔族ではありません。人間……五歳前後の少女です」
『人間……? 子供、だと?』
その言葉に、通信の向こうでわずかな風の乱れが生じる。
『それで?』
「“ルリィ”と……名乗りました。単独で行動しており、言語は人間族と同じエルバリア語です。魔力はおそらく平均でした。」
『……それなのに負けたのか?』
ヴァルデンの声が一段低くなった。
「はい……面目ありません。しかし、あの魔力効率、術式の展開速度、魔力の収束率、反応の最適化……魔力量以外のすべてが、常識外れでした」
息を整えながら、エリオットは言葉を選ぶように続ける。
「……愚かとは承知の上で申し上げます。あの子の魔法制御は──“司祭様にも及ぶほど”です」
沈黙。まるで空間そのものが凍ったかのような一瞬。
やがて、通信石の向こうから再び声が返る。
『……面白い。つまり、魔族ではなく、人間。だが、常識の外にいる存在』
「……ええ。私の部隊は、全滅です。殺されなかったのは……おそらく殺しをしたことがないのかと」
『なるほど。では、こう解釈すべきか。“神の領域に、無許可で踏み込む者”が現れた──と』
「……異論は、ありません」
『良い報告だった、エリオット。傷の程度は?』
「四肢に痺れと打撲。命に別状はありません……が、追跡は困難です」
『構わん。君は戻れ。追跡は別の部隊に任せる』
「──畏まりました」
通信が途絶え、石の光が消える。
エリオットは、息を吐いた。血と土で汚れたままの手を、胸の前でわずかに握る。
生きている──それだけが、今は現実だった。
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