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少女は祈らない  作者: 異原 世界
魔王(ぜろ)再臨編
7/21

第六話 迷っちゃって......お母さんとはぐれて......(涙)

クリックしてくれてありがとうございます!

是非一話から読んでみてください!

森の奥、夜の帳が静かに降りる中。

 木々のざわめきが、ほんの少しだけ重く、湿って聞こえた。風の流れは穏やかだが、空気の奥に不自然な熱が揺れている。


 その中央に、一人の少女が立っていた。


 ──ソフィア。

 身長は小さく、髪はもつれ気味の白髪。膝までのワンピースは泥で汚れ、肩にかかる布はちぎれかけていた。

 だがその表情は、まるで“好奇心の実験装置”であるかのように冷静だった。


(足音、金属の接触音──複数。五人、武装あり。探知装置は手持ち式の簡易型。認識されるまであと……12秒)


 ソフィアは微かに口角を上げた。

 そして、その場にぺたりと座り込む。


 呼吸を乱し、両肩を揺らす。

 涙腺への血流を意図的に制御し、副交感神経を騙すように自律的に調整する。脳内の興奮状態を偽装することで、“感情による涙”を誘発させる。


 ──数秒後。


 ぽろり、と。

 左の目尻から、一滴の涙がこぼれ落ちた。


(成功。気道、湿度、呼吸、どれも問題なし)


 そこに、ザザッと草をかき分けて現れたのは、

 教団所属の魔導師部隊。風の司祭ヴァルデン直属の追跡兵団である。


「……誰だ、そこにいるのは!」


 最初に声をかけたのは、鋭い目元の青年だった。

 胸甲の紋章は、“教団 風神”のもの。

 即応と戦術突入に長けた部隊の隊長──エリオット。


 彼はソフィアを見て、一瞬、目を見張った。


「……子ども? こんな場所で……どうして……?」


 「ひっ……!」と、ソフィアは肩を縮める。

 涙で濡れた頬、濡れたまつ毛、怯えた目。

 彼女は、声を震わせて言った。


「ご、ごめんなさい……わたし、迷っちゃって……お母さんとはぐれて……うぅ……」


 擦れた喉で、言葉を繋ぐ。


「なまえは……ルリィ、ルリィ・シュラン……です……」


(嘘の名。記録の無い子どもの名簿と照合できないよう、あえて非中央圏の姓を用いる)


 「ルリィ……」と繰り返したのは、隊員の一人だった。

 まだ若く、魔導術よりも人道支援任務に多く就いているカイル。

 彼はソフィアの姿に、すぐさま“戦闘対象”ではないと判断した。


「この子はただの……普通の人間です。魔力の放出も、術式もなし。探知機も無反応でした」


 ソフィアは、わざと胸元を押さえ、震える手でカイルの袖をつかんだ。


「……おにいさん、わたし……おうち、かえりたい……」


 エリオットがすぐ後ろに現れ、冷静な声を落とす。


「カイル、どう思う?」


「はい、隊長。明らかに非戦闘対象です。彼女が“例の異常魔力”の正体とは考えにくいかと……」


 小声でひとこと、エリオットが呟く。


「……だがこのタイミングで、子どもが“偶然”いるなど、あり得るか?」


 その懸念に対して、カイルが毅然(きぜん)と進み出た。


「私が、送っていきます。この子はひとまず保護対象とし、王都の一時保護所へ連れていきます。確認後、報告いたします」


 エリオットはしばし黙し、視線を少女と部下に交互にやった。


 ソフィアは、鼻をすすりながら、じっと上目遣いで隊長の顔を見ていた。

 その瞳に、わずかな熱と、得体の知れない“深さ”が混じっているとは、まだ誰も気づいていなかった。


「……分かった。だが、通信は絶対に切るな。30分ごとに現在地と状態を報告しろ」


「了解しました、隊長」


 カイルは、優しくソフィアの肩に手を添えた。


「さ、行こう。怖い思いをしたね。すぐ、灯りのある場所に行けるよ」




森の闇を縫うように、二つの影が歩いていた。

 一人は、まだ小さな少女。

 もう一人は、教団の若き魔道師カイル。


 手には携帯型の照明珠。時折かすかに光が揺れ、周囲の枝葉が影を作る。

 ソフィア──いや、偽名の“ルリィ”は、しおらしく、足元を頼りなさげに見つめていた。


 「大丈夫? 足、痛くない?」


 カイルが優しく問いかける。

 ソフィアは、わずかにうつむいて頷いた。


「うん……でも、ちょっとつかれたかも……」


 「そうか……じゃあ、ちょっとだけ休もうか」


 彼はそう言って、倒木に腰を下ろした。

 そして、飲料用の携帯水筒を取り出すと、ソフィアに差し出した。


「はい、水。冷たいよ」


「……ありがとう」


 ソフィアは受け取り、口元に当てた──が、飲むふりだけで一滴も喉に通さない。

 その目は、彼の指の動き、武器の位置、魔力発動の兆候、そして心拍に至るまで、細かく観察していた。


(心拍……安定。防御結界なし。単独行動時の警戒心、薄い)


 彼女の中で、数値が浮かび、整理されていく。


(彼の魔力量……平均値よりやや上。とはいえ、やはり“参考値”としては十分)


 ソフィアは無表情のまま瞬きを一度だけした後、唐突に口を開いた。


「ねえ、カイルさん。魔法って……使えるんですか?」


 その声は、どこか無邪気で、けれど“熱”がなくて

 ほんの一瞬だけ、カイルは違和感を覚えた。


(……ん? 今、目が……)


 だが、ソフィアの顔はすぐに“怯えた子ども”の仮面に戻っていた。

 カイルは、自分の思い過ごしかと首を振る。


「ああ、うん。使えるよ。って言っても、僕はまだまだ駆け出しだけどね」


「ふうん……」


「でもさ、いつか昇進して、隊長になって……強い回復魔法も使えるようになったら……」


 ふと、彼の声が柔らかくなった。


「エリッサの病気、治してやるんだ」


「えりっさ……?」


「俺の彼女さ。ずっと体が弱くて……それでも笑ってくれてさ。だから、俺が強くなって、守ってやるって決めたんだ」


 ソフィアは、ただ静かにうなずいた。


 ──そのときだった。


 ヒュン、と風を裂く音。


「……っ!?」


 反射的に、カイルの腕が動く。

 《防障エレガル》──氷の術式を中和する簡易防御展開。


 カキィン! と乾いた音を立て、彼の背後、わずか数センチの距離に氷の塊が炸裂した。


 冷気が周囲の草を白く染める。

 カイルは素早く振り向く──が、そこに“ルリィ”はいなかった。


「どこだ……!?」


 動揺と警戒が入り混じる中──風に乗って、声が届いた。


 それは、笑っていた。


「今から魔法を打つので、できるだけ、わたしと同じ魔力量でお願いしまーす♪」


 姿は見えない。位置も分からない。

 けれど確かに、あの少女──ソフィアの声だった。


 風の流れが変わる。

 魔力が、空気を押し返すように“圧”を帯びて広がっていく。


 カイルは思った。


(……これは、子どもなんかじゃない。いや、そんな次元の話じゃない。これは──)


 彼は腰の短杖を引き抜く。

 結界符を空中に放り上げ、一瞬で三層のバリアを展開。


「よし……受けて立つぞ!」



---



地面に、カイルが膝をついた。


 防御魔法はすでに解け、服には焦げた跡が点々と残る。息は荒く、魔力の余剰はほとんど残っていない。


 それでも、最後の一撃を寸前で躱し、防壁の一部を“再構築”しただけでも、相応の訓練と根性があったのだろう。


 ソフィアは、しばし黙って彼を見下ろしていた。


 やがて、足音を立てずに歩み寄り、彼のそばに腰を下ろす。


「……ありがとう。すごく、役に立ちました」


 息を切らすカイルは、混乱と虚脱の入り混じった視線を彼女に向けた。


「き、君は……何者なんだ……」


 「誰か」は答えず、ただ微笑を浮かべるだけ。


 (ごめん......エリッサ)


 ──そして、ソフィアは思考を“内部”に切り替えた。


(消費魔力量、予想より大幅に多い。彼の魔力量は平均より上。術の出力もそこそこ……それでも、術式十数回でほぼ枯渇)


 脳内に投影された魔力使用ログを再確認し、差分を整理する。


(私が放った同出力の氷魔法──消費魔力量を数値化したものを0.9とする、カイルのもの、平均で約9.8……つまり、およそ十倍)


 明確な“消費の非効率”。


 なぜか。


 ソフィアは、先ほどの戦闘中に、彼の魔法が発動する瞬間の視覚イメージを再生する。


 ──祈りの姿勢。

 ──空中に浮かぶ、魔方陣。

 ──詠唱と同時に活性化する、教団式の術式。


(魔方陣……あれ、消えてない。魔法発動のあとも、少量の魔力が流れ続けてる。いや、これは“流れてる”んじゃない……“吸われてる”?)


 その瞬間、ひとつの仮説が浮かんだ。


(この世界の“神を通す魔法”──仮称<信仰魔法>──は、詠唱とともに魔方陣を構築するが、あれは術者の魔力で機能するのではない。魔力を供物として、“上”に通す仕組みだ)


 目を細め、木漏れ日を一度仰ぐ。


(つまり……“神に祈ることで魔法を使える”のではなく、“神に魔力を献上することで術の実行を許される”という構造)


 自分の術──純粋な“直流展開式”──は、術者の魔力で発動し、制御も自己完結している。


 だが、教団の魔導師たちは、一度魔力を“上に捧げ”、その代わりに神聖術式を発動させる。


 その差が──十倍の消費量となって現れていた。


「なるほど……“祈り”とは、効率と引き換えの信用契約……」


 呟いた声に、答える者はいない。


 風が静かに枝を鳴らす中、ソフィアは立ち上がり、倒れたカイルに一枚の布をかぶせた。


 彼は気絶したまま、安らかな寝息を立てている。


(もう少し実験台が必要ね。次の対象は……もっと上位術師がいい)


 森の奥へ、再び足音を忍ばせて消えていく。


 ──彼女にとって、この世界の魔導理論はまだ“観察段階”に過ぎなかった。








読んでいただきありがとうございます!

続きが気になりましたらブクマなどいただけたら嬉しいです!

感想なども是非!

批判なども参考にいたします。

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