第三話 こっちの世界の親はなかなか良い
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是非一話から読んでみてください。
木造の屋敷の一角にある、書架に囲まれた小部屋。
重たいカーテンが遮光を保ち、窓辺には乾いた植物の鉢。
積み上げられた古い本と、羊皮紙の匂い。
その中央、小さな丸テーブルに――私は座っていた。
いや、正確には、体を無理やり魔力で補助しつつ“立たせて”いた。まだ首も満足にすわらない年齢で、私は既に“二足での読書”を実現している。
(……やっぱり、慣性を無視できるのは便利。筋肉は未発達でも、筋肉を魔力で補強すれば)
魔力――この世界における“力”。
今の私にとって、それは物理法則の一端をゆるやかにねじ曲げる、都合の良い“第二の指”だ。
微細な魔力を使えば、紙をめくる風も、重力のバランスも、ほんの少しずつ調整できる。
この図書館もまた、粒子に満ちていた。木材、紙、インク、布――この世界のすべてが、あの“粒子”つまり、魔力を微量ながら帯びている。
(面白いのは、“信仰”がそれを駆動する仕組みになっているってところ)
私は、読んでいたページに視線を戻す。
『魔法とは、神の恩寵の行使である。ゆえに、祈りなくして発現せず』
『神は属性を司り、五つの理を分け与え給うた』
火、水、風、土、光。
そして、“神を信じること”でのみ、それらを扱えると書いてある。
(祈りが媒介になるとしたら、それは“魔力干渉のスイッチ”ということか)
(意志 → 信仰 → 魔力 → 現象 という図式。なら、私は“信仰”の部分をすっ飛ばして、直接、現象と意志を結んでいる)
私は無言でページをめくる。
革装丁の書物は古びているが、内容はこの世界の魔法体系の土台そのものだ。
『神なき者に、魔法は降りぬ。
属性なきものに、神は降りぬ。』
『信仰なき発現は、呪いか、異端か』
(ふぅん……この世界、なかなか過激な宗教的仕組みだな)
私の“魔力”は、誰の神にも由来していない。ただ粒子と法則を見て、理解して、操作しているだけだ。
私は信じていない。
神も、奇跡も。
私が目指すのは、“理解の彼方にある全知”。
だが――この世界では、“神を信じない者”は、魔法を行使できないとされている。
(つまり、私はこの世界の物理法則からも宗教体系からも、逸脱した存在ってこと)
(……最高に、気分がいい)
そんな私の前で、浮かせた本がふわりとページをめくった瞬間だった。
ギィ……
微かに、ドアが開いた。
私は気づいたが、視線を上げなかった。気配だけで十分だ。
扉の隙間から、そっと顔を出したのは――母と、父。
「……あの子……」
母が小さく囁く。
「また浮かせてる……本を……」
「いや……ミリア、ちょっと待て、今、本を“読んでた”ぞ?」
「……見間違いじゃない……?」
「いや、違う。ページを目で追ってた。指……いや、魔力を、使ってる。明確に、“文字を理解してる”」
「でも、まだ……まだ生後、数週間なのよ……? 早くても、寝返りがやっとのはずで……それが……」
「あの娘、詠唱もしてないし、魔方陣も出てなかった。つまり、神に祈らずに、あれをやってるってことになる。」
「もし、教団にバレたら......」
母の声が震える。
ドアの隙間からのぞく二人の目には、驚きと戸惑いが滲んでいた。
私がふと、ページを閉じ、そちらを振り向いた。
ふら、と首が傾いた。
魔力で支えていた身体が、わずかに重心を崩した。
「あ……」
母が声を漏らし、あわてて部屋に入ってくる。
「ソフィア! そんな……だめよ、体がまだ……!」
「だ、大丈夫か、ソフィア?」
私はその時、初めて彼らの方をまっすぐ見た。
(ちょっと試してみるか......)
「……魔力、ってぇね。信仰が要るんだってぇ」
ぽつりと、私の小さな声が響いた。
母の目が見開かれ、父が思わず息を飲んだ。
「そ、それは……今、話してるの……? 本の内容を……?」
「“魔法”ってぇ、神の力を借りるってぇ、書いてあっちゃ。でも、私は借りてにゃい」
「……!」
「私の魔力、信仰、にゃい。けど、使えりゅ。だかりゃ、多分、私は……間違ってりゅ。普通じゃにゃい」
その言葉に、父と母はしばらく沈黙した。
私は、それをじっと見ていた。
この二人が、私をどう見るのか。
受け入れるか、恐れるか。
やがて、母がそっと私に近づき、ひざまずく。
彼女の目に浮かんでいたのは――恐れではなく、涙だった。
「……いいのよ、ソフィア。あなたが“普通じゃなくても”」
「え……」
「あなたが、どこか違ってても。話すのが早くても、魔力を“見て”いても……」
「ミリア……」
「私はあなたの母親だもの。あなたを怖がったりなんて……絶対にしない」
その声は、震えていたけれど、嘘じゃなかった。
私はほんの少しだけ、胸の奥が温かくなった。
けれど、それは彼らに対する感謝ではない。
(以外だ、この人たち、ちゃんと“理解しよう”としてる)
(つまり、この世界には、ちゃんと“会話が通じる人間”が存在する)
私が“全てを知る存在”になるためには、この世界の構造と限界を知る必要がある。
そのためには、恐れられず、監視されず、――研究の時間を持たなければならない。
私はふっと微笑んだ。
「……ありがとう」
その言葉に、母が泣き笑いになった。
父も、ゆっくりと近づいてきて、私の頭に手を添えた。
「……本当に、すごい子だ。信じられない。でも……ありがとう。生まれてきてくれて」
そうして、図書室の空気が少しだけ、やわらかくなる。
その中で、私は本を一冊、静かに手元に引き寄せた。
(次は、この“祈り”の構造を解析してみよう)
(魔法の詠唱式、属性の分化、発動条件、そして――信仰そのもののアルゴリズム)
ページを開く。
指先に、ふわりと粒子が集まる。
私はその粒子に、心の声で語りかけた。
(君たちが“神の力”と呼ばれているなら――私は、その“神”の上位概念になってみせる)
(誰よりも、知って、理解して、再現する)
(それが、私の――“遊び”)
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