第2話 まりょく
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陽射しは斜めに傾き、窓辺のカーテンがわずかに揺れていた。
外は、鳥の声と、風が木々を撫でる音。
古いけれど清潔な屋敷の一室。木の床には柔らかい敷布が敷かれ、部屋の中心には小さなベビーベッドが置かれていた。
その中で、私は仰向けのまま、天井をぼんやりと見上げている。
(……エーテル粒子。やっぱり、今日も“視える”)
光ではない、風でもない、無音の“粒”たち。
彼らは空気中に等しく漂い、時折、呼吸に合わせるようにふわりと流れ、そして私の手に集まる。
(手を動かすと、寄ってくる。意思を込めると、応答する。だとすると……)
視線を少しだけ横に向けた。
部屋の隅、窓の近くの椅子に、母が座っている。
赤毛を柔らかくまとめた、優しげな女性――彼女は私のこの世界での“母”だ。
膝の上には、刺繍のかけらと、細い針。糸を通す指先は器用で、その動きには熟練の静けさがあった。
(……あの刺繍糸にも、わずかにエーテル粒子が反応してる。やっぱり“物質”との干渉性が高い)
母はふと、私の方に顔を向けた。
「ソフィア、今日もおりこうさんねぇ……」
柔らかな声。優しい目元。頬には少し疲れがにじんでいるけれど、その目は穏やかだった。
私は彼女の声のトーンを録音するように心の中でなぞる。
(この世界の“人間”は、無意識にこの粒子を扱っている? ……違う、これは……)
と、その時。
ふわり、と粒子が母の胸元から立ち昇った。
母が、何かを「祈る」ように、小さく胸元で手を重ねていた瞬間だった。
(……祈りに反応してる? ……なるほど。そういう文化か)
その粒子たちは、私が見ているとわかっているかのように、ゆっくりと揺れながら空へ消えていった。
(あれは、制御ではない。……呼応)
そこへ、扉が軽くノックされ、父が入ってきた。
「ミリア、ソフィアは?」
「ちゃんと起きてるわ。ずっと私のことを見てるの。ふふ、可愛い子」
「そろそろ寝返りする頃じゃないか? それに……」
父の視線が、ベビーベッドに移る。驚いたように、目を少し見開いた。
「……あれ? 今、ソフィアの手の周りに……?」
「え?」
母が立ち上がり、ベッドのそばに駆け寄る。
彼女の視線の先、私の右手の周囲に、粒子が円状に集まっていた。
粒子はゆっくりと螺旋を描き、ほのかに発光している。
「……やっぱり、見えてる? この子」
「ええ。ほら……まるで“魔力”に反応しているみたい。こんな小さな子が、もう魔力を……?」
(……魔力?)
その言葉に、私は内心、ぴたりと動きを止めた。
(魔力……それが、この粒子の名前?)
母が、わずかに息をのんだ。
「この子、やっぱり……。“見えてる”……」
父が苦笑する。
「こいつはきっと、きっと神様に祝福された子なんだよ。ほら、ほら、ソフィア。お父さんの顔、見えるか?」
私は、父の顔を見た。
眼鏡の奥の優しい目。いつもは理知的な口元が、今はわずかに崩れている。
私の意識は、魔力という名前とともに、一つの確信に至っていた。
(この粒子は、ただのエネルギーじゃない。構造の中に“情報”がある。干渉性、意志応答、場の再構築……)
(名前がついた以上、これでこの世界の物理体系は一つ見えた)
そして私は、初めて声帯を使う決意をした。
体はまだ未熟だが、必要な筋肉の配置と反射経路は概ね把握済み。
私は、口を開いた。
「……ま……りょく……」
母と父が凍りついた。
「……え?」
「今、今、言ったよな……? “魔力”って……」
「ソフィア……? あなた、いま、しゃべったの……?」
母の目が見開かれ、針を持っていた手が震えた。父も、ただ唖然としたように私を見ている。
私はもう一度、口を動かす。
発声は不安定だが、文法は正しい。伝わるはずだ。
「……見える。……これ、ま・りょく……」
「う、うそ……! こんな、こんなに早く言葉を……!」
「いや、待てミリア……これは……」
「レオン、あの子、普通じゃない。こんなに小さいのに、“見えて”て、しかも言葉まで……」
父が、顔を覆うようにして息を吐く。
「……いや、でも、まだ赤ん坊だぞ……生後数日だぞ! たまたまそう聞こえただけじゃ……」
母はそっと私の頬に触れた。
その手は温かくて、優しくて、でもほんのわずかに震えていた。
「……ソフィア。あなた、ほんとうに“見えてる”の?」
私は目を合わせ、ゆっくりと、でもはっきりとうなずいた。
そして、小さな声で、こう言った。
「……し、りたいの。ぜんぶ。これが、なにか」
母の目が潤み、父は無言で立ち尽くしていた。
私はその中で、ただ静かに考えていた。
(これでいい。私が全知”になる旅は、ここから始まる)
(名前を得た力。観察可能な現象。そして、思考する私自身)
(……さあ、“世界”を見よう)
「お父さんより先に魔力なんて......これから練習させようと思ってたのに......」
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