第二十二話 「信仰魔法の極致」
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玉座の上から静かに微笑んでいたソフィアへ、アレシアが一歩前に進み出る。
「――零様」
その声には、感情が詰まりすぎていて、逆にどこか滑稽だった。
「私が、あなた様をどれほど――どれほど信仰しているか、魔法で、証明してみせても……いいでしょうか?」
ソフィアの目がわずかに動く。言葉の熱量は本物。だが、彼女の関心はそこではなかった。
「……そういえばクレアにも言ったわね。“見せて”って」
軽く頷いたあと、玉座から身を乗り出すことなく、ソフィアはアレシアを見下ろした。
「正直、ちょっとだけ興味があるのよ。さっきのあなたの魔法、詠唱してなかった」
アレシアの眉が跳ね上がった。だが、それは驚きではない。嬉しさと誇りが混ざった笑みだった。
「ええ。そうなのです。詠唱なんて必要ありません」
「どうやってるの?」
まっすぐな問いだった。
ソフィアは、探るような視線ではなく、観測者の目でアレシアを見ていた。
アレシアはその視線に気づいている様子だったが、まったく臆することなく――むしろ、誇らしげに胸を張って答えた。
「――愛です」
「……は?」
「あなた様への、限りない愛と信仰。言葉にならない想いが、魔法というかたちを取って、私の中であふれ出すのです……!」
ソフィアはまばたきを一つだけして、静かに息を吸った。
「……いや、仕組みの話を聞いてるのよ。精神論じゃなくて」
「精神論ではありません! これは――“本質”です!」
アレシアが両手を広げ、熱量たっぷりに叫ぶ。
「零様への愛が、詠唱よりも早く、理を越えて魔術式を起動させるんです! あれは魔法じゃありません、感情です!!」
「いや、魔法でしょどう見ても」
思わず突っ込みかけたソフィアだったが、その瞬間――
「……わからなくもない」
リゼ=クロヴィアが、いつも通り無表情のまま呟いた。
「感情を媒介とする魔力反応は、従来の魔法に比して即時性が高い。対象への精神的傾倒が、通常詠唱工程を“ショートカット”する因子である可能性……照合率、84.2%」
「でしょ! つまり愛なのよ! 愛こそすべてなのよ!」
アレシアが勝ち誇った顔でリゼの肩をぽんぽん叩くが、リゼは無反応で手を払った。
「触るな」
「愛が足りない……」
アレシアがしおしおと肩を落とす。
そんな様子を見ながら、マリルが半眼で言った。
「……これ、真面目に聞いてる零様が一番かわいそうだからね」
「でも、否定はできません。実際にあの人、無詠唱ですし……」
ファルナが祈りの珠をくるくると回しながら、うっとりとした顔で言った。
「愛による魔法……いいですね。神秘的。崇高です。美しいです……」
「……なんか、この集団、色々とおかしい気がする」
ソフィアは、玉座の上から頭を抱えそうになった。
(いや、おかしいのは最初からだったけど……)
魔法は理である――そう思っていた。 だが、感情や信仰が媒介となって機能するこの世界では、それすらも“成立”してしまう。
(じゃあ、“理”と“感情”は両立するの? それとも、どちらかが擬態してるだけ?)
観測者の目が、再び鋭くなる。
「……じゃあ、仮説を立てるわ」
ソフィアが呟くと、幹部たちの会話がぴたりと止まった。
玉座の上、冷たい光を宿した瞳が、まっすぐ彼女たちを見下ろす。
「感情が媒介となって魔法が発動するなら――それも、ひとつの構造」
「“祈り”と“愛”は、根源的には似ている……対象を想定し、心を向け、その先に力があると信じる。ならば、それは理論化できる」
誰も口を挟まない。ただ一人、アレシアだけが目を輝かせて呟いた。
「……ああ、やっぱり……零様は、そうやってすべてを見つけてくださるんですね……!」
「……勝手に感動しないで。まだ仮説よ」
ソフィアは、ため息まじりに髪をかき上げた。
「あっ……!」
アレシアが思わず、前のめりになった。
その眼差しは陶酔すら帯びていた。指先がふらふらと上がり、まるで聖遺物に触れんとする信者のように、ソフィアの髪へと手を伸ばす。
「……なんて、なんて美しい。零様の御髪……黄金でも銀でもない、けれど、こんなにも柔らかそうで、知性が詰まってそうで――」
「――第一零座様!」
クレアが思わず前に出て、アレシアの手を叩くように制した。
「零様は……以前、学園で髪を触られそうになった際に、本気で怒っておられました。どうか、おやめください。ほんとうに、まずいです」
アレシアの動きが止まり、目だけでクレアを見やる。
そして、くいと首をかしげた。
「それって……男? 女?」
クレアはわずかに沈黙したあと、小さな声で答えた。
「……男性、でした」
「ならセーフ!」
即答したアレシアの背に、マリルの鉄拳が飛ぶ。
ゴッ。
「痛っ!? なにすんのよマリルー!」
「……お前ほんとに、面倒くさい」
額を押さえて涙目になりながらも、アレシアはまったく懲りていなかった。むしろ、ソフィアへの好奇心と崇拝の熱が、さらに加速しているようにさえ見える。
「ねえ、アレシア」
「はいっ、なんでしょう、零様!」
声を上ずらせながら、アレシアが直立する。
「あなたの本気の魔法を私に見せてくれない?」
一瞬、室内の空気が固まる。
マリルが顔をしかめ、ファルナが目を丸くし、リゼが静かに端末を閉じる音だけが響いた。
そして、アレシアが――笑った。
「……ああ、なんという幸せでしょう。信仰の対象から、わたくしの力を試していただけるなど……!」
「別に試すって意味じゃないわ。ただ、知りたいだけ」
ソフィアは静かに立ち上がる。
その瞬間、幹部たちの間に緊張が走る。玉座から立ち上がる、それだけで。
彼女の魔力は平静を保ったままだ。けれど、全員が本能的に察していた。
彼女は、ただ“理”のために動く。
その一歩は、感情でも、義務でもない。観測と理解――それだけを目的にしたものだ。
アレシアの顔に、嬉しさと同時にほんの少しだけ、緊張の色が差す。
「……では、私も本気でまいります。零様の、観測に耐えうるように」
「ええ。なるべく、精度高くお願いね」
二人の距離が縮まる。
知と愛――、その性質は、まるで対極。
一方は愛で理を超え、
一方は知で愛を解剖しようとする。
――ぶつかるのは、魔法ではない。
“信仰”と“理解”そのものだった。
アレシアの両眼に光が宿った瞬間、魔力の流れが奔った。
「――零様!」
その叫びと同時に、詠唱を伴わぬ魔法陣が次々と顕れる。
赤、青、白――色とりどりの輝きが、アレシアの周囲に花弁のように開いた。
その速度は、常識の魔導理論ではありえない。
通常なら数秒を要する展開が、一拍すらなく重ねがけされていく。
「怪物が……!」
マリルが息を呑む。
だが、ソフィアは驚いた様子もなく、ただ観測するように目を細めていた。
「詠唱を経由しない、感情から直接魔術式へ……なるほど。
でも、それって制御はどうしてるの?」
「愛が制御してくれるのです!」
アレシアが両手を広げると、無数の光弾が一斉に放たれた。
豪雨のように襲いかかる攻撃――その一発一発が通常魔術の数倍の威力を持つ。
ソフィアは身じろぎもせず、ただ手を伸ばした。
指先から微細な光の網が広がり、迫る弾丸を軌道ごと解析していく。
「......なるほど、確かに“理”じゃ説明が追いつかないわね」
彼女の目が冷たく光る。
次の瞬間、網は収束し、光弾群をひとまとめに吸い込み、消し飛ばした。
アレシアの顔が紅潮する。
「……っ、零様……! それすらも受け止めてくださるなんて……!」
「いや、受け止めたというより、“形を見ただけ”よ。あなたの愛が作った魔法、きちんと観測できた」
「ならば……もっと! もっと捧げます!」
アレシアの魔力が跳ね上がる。
空気が震え、天井に刻まれた紋章が呼応するかのように輝いた。
「零様への想いがある限り、私は無限に高められる……! これこそ、信仰魔法の極致!!」
爆ぜる光が室内を染め上げる。
――だが。
その渦中で、ソフィアの声は冷静そのものだった。
「無限、ね……。でも観測可能なものは、有限なのよ」
彼女の瞳に、冷たい理の光が宿る。
知と愛――。
その衝突が、いま始まろうとしていた。
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