第十九話 「レゾナンス」
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静かな空間を、靴音だけが刻んでいた。
クレアは、ソフィアを背負って歩いていた。思ったよりも軽い身体だった。だが、体温はしっかりとある。薬の効果で、深く眠っている。いや、眠っていると――そう思っていた。
階段を下り、幾度かの扉をくぐる。そのたびに、周囲の空気が僅かに変わった。温度、匂い、肌を撫でる圧のような感覚――どれも、地上の学院とは異なる。
そして最後の扉が開かれる。
そこは、大空間だった。
高い天井。石造りの円柱が並び、壁面には複雑な螺旋文様が刻まれている。燭台の灯火が天井に揺れ、奥には一段高く、黒と金で彩られた“座”が置かれていた。
それはまるで、神殿にも似ていたが、神を奉るにはあまりにも不穏で異質だった。
両脇には数十人の人物が並び、クレアが姿を現すと同時に、全員がひざまずいた。
クレアは、ソフィアを抱いたまま、まっすぐ玉座の前へと進んだ。そして、静かにその身体を椅子へと座らせる。
石の座面は冷たいが、ソフィアは身じろぎ一つしなかった。
だが――
そのまま数十秒の沈黙が続いたあと、ふいにソフィアのまぶたがゆっくりと開いた。
クレアが息を呑む。
「……寝たふり、していたのですか?」
「うん」
ソフィアは座ったまま軽く背を起こし、ゆるく周囲を見渡した。高い天井、荘厳な壁、沈黙を保った人々。そして自分が座っている椅子の高さと位置。
(……玉座、だこれ)
わざわざ言葉にする気にはならなかったが、空間の中心に据えられたそれは、明らかに“王”の座だ。
それに、みんなが跪いているのも気になる。
ソフィアはゆっくりとクレアを見た。
「……ここ、なに?」
クレアは一瞬だけ躊躇したあと、すっとひざまずき、頭を下げた。
「零様。このたびは、私の独断による不躾な行動……誠に申し訳ありませんでした。どうか、この無礼をお許しください」
「……零? レティシアが言ってたやつのことか......」
ソフィアの声に、左右の人々も顔を伏せたまま動かない。
ただ、クレアの表情だけが、どこか安堵と緊張の混じった複雑な色を浮かべていた。
「この場所は、〈零臨団〉の本部です。私たちは……“零様”の再臨を信じ、導きを待つ者たち」
「……うん、なるほど。宗教か」
ソフィアは軽くため息をついて、玉座にもたれかかった。
(まあ、ありそうだと思ってたけど……)
ただのカルトなら興味はない。何人もそういうのを見てきた。
だが、空間の構造。魔力の流れ。そして、クレアの言葉の裏にある焦りと確信――それが、何か普通ではないことを伝えていた。
「で?」
ソフィアは視線をまっすぐクレアに向けた。
「あなたたち、なんのためにやってるの? 世界を救う? それとも、神の言葉でも降ってきた?」
その問いに、クレアは頭を深く下げたまま、ゆっくりと声を発した。
「……神を、打倒するためです」
その一言で、空気が変わった。
ソフィアの目が、わずかに見開かれる。
それは単なる反発や反逆ではなかった。宣言にも似た、強い意志の言葉だった。
「……へえ」
唇が、ゆっくりと弧を描いた。
「神って、実在するの?」
それは、真剣な問いだった。信仰が魔法の根幹に関わっていることは、ソフィアも把握している。だが、それは“仕組み”としての理解に過ぎない。では――信仰の先にある“神”とは、本当に存在しているのか?
クレアはまっすぐに顔を上げ、迷いなく答えた。
「――います。この世界には、確かに。目に見えるかたちではなくとも、力として、理として……確かに存在しています」
その言葉を聞いた瞬間――ソフィアの中で、何かが跳ねた。
(……観測可能。理に影響を及ぼす存在。そして、それを打倒しようとする集団)
脳の奥で、久しく眠っていた何かが回転を始める。
(……これは、面白い)
わずかに笑みが深くなる。胸の奥が熱を帯びていた。興味、好奇心、そして飢えに近い知的渇望。
(いいね、これは……)
ソフィアは、玉座の肘掛けに指を添えながら、ゆっくりと腰を落ち着けた。
「ねえ。私のこと、“零”って呼んでたよね」
クレアは頷いた。
「その理由、教えてよ。全部」
その声には、明確な意志が宿っていた。
もはや観察ではない。これは――実験だった。
この世界がどこまで“理”として通用するのか、その限界を見極めるための。
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