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少女は祈らない  作者: 異原 世界
学園編
19/26

第十八話 「観察の始まり」

クリックしてくれてありがとうございます!

是非一話から読んでみてください!


学院内での付きまとい(本人は「友達の寄り道」と呼ぶ)を繰り返すうち、クレアはある休日に、まるで思いつきのように言った。


「ねぇソフィアちゃん、明日ひま? ちょっと街歩かない? デート的な!」


いつもなら「そういうの興味ない」と返すところだったが――


その時のソフィアは、たまたま研究の進展が停滞していて、考察のための刺激が何もなかった。

予定もなければ、研究材料もない。そうであれば――


「……いいよ」


そのひとことは、まるで通電でもしたかのようにクレアを跳ねさせた。


「えっマジ!? やったーっ! じゃあ明日、午前十時! 正門前集合ねっ!」


翌朝。


ソフィアは指定された時刻に学院の正門に現れた。


制服ではなく、落ち着いた白のシャツに淡いグレイのスカート。髪は軽くまとめて、揺れない程度に整えている。

いつも通りの「過不足なく目立たない」服装。何も変える必要はなかった。


「――って、シンプルすぎじゃない!?」


出迎えたクレアは、案の定テンション高く驚いていた。


彼女はライトグリーンのブラウスにベージュのフレアスカートという春めいた服装。

編み込まれたサイドの髪には、ちょこんとリボンが結ばれている。


「もっとこう、デートっぽく可愛くしてくるかと思ったのに〜! まあそれはそれでソフィアちゃんっぽいけど!」


「……別に、目的がないなら、飾る意味もないでしょ」


「うーん、それはそうなんだけどさ〜」


クレアは苦笑しつつ、ソフィアの腕を軽く引いた。


「ま、とりあえず行こっ!」


街は、学院の門前から広がる石畳の通りに沿って、緩やかな傾斜で続いていた。

春の陽に照らされた古い家々の瓦屋根。通りに並ぶ菓子屋と古書店の看板が、行き交う学生たちの笑い声に混ざっていた。


クレアは右へ左へと歩き回りながら、見つけた店に片っ端からソフィアを引っ張っていく。


「見て見てこれ! “飲むマナポーション”だって! 飲んだらしゃっくり止まらなくなるらしいよ!」


「……なぜ商品にするの、それ」


「お土産用じゃない? 飲ませたい相手とかに」


「……嫌がらせ?」


「そーいうわけじゃなくて! えっと、なんていうの……愛情の裏返し的な……!」


ソフィアは無言のまま首を傾げた。


そのあとも、露店で魔道雑貨を見たり、カフェで“転写魔導紙”を買ったり、風変わりな香水を嗅いで「くっさ!」と叫んだり――

ひたすらクレアの“陽”に付き合い続ける数時間だった。


(……別に観察するつもりはなかったのに)


気がつけば、ずっと彼女の表情や声の高さ、反応の速度を脳内で記録している自分に気づいた。

けれど、それを止めようとは思わなかった。


そして、日が傾き始めたころ。


二人は街外れの並木道に腰を下ろしていた。風は少し冷たくなり、遠くの塔がオレンジに染まり始めている。


「はいっ、今日のお礼〜!」


クレアがにこにこしながら取り出したのは、リボンで包まれた小箱だった。


「これ、手作りケーキ! 昨日の夜、こっそり厨房借りて作ったの!」


「……わざわざ?」


「んーまあ、感謝の気持ち的な? ソフィアちゃんってさ、いっつも無表情で淡々としてるけど、ちゃんと付き合ってくれるし、なんか……その……好き?」


「……そういうの、わたしにはよく分からないけど」


ソフィアは小箱を受け取り、そっと蓋を開けた。


中には、かわいらしく飾りつけられた小さなチーズケーキが一つ。


ひとかけらを口に運ぶ――その瞬間、彼女の脳裏を“ある成分反応”が通過した。


(……これは)


舌に広がる甘味の裏、微かに残る苦味。

昔、試した記憶がよみがえる。


(――催眠系。市販の範囲では……睡眠薬)


ソフィアの目が、ほんの僅かに見開かれる。


(なるほど……なるほど……なるほど……)


彼女の中で、何かがピンと張った。


「……おいしかった」


「ほんと!? よかったー! あ、でもちょっと眠くなってきたりしない? 最近寝不足だと、効きやすいらしくて……」


「……そうかも」


ソフィアは静かに瞼を伏せた。


(これは、面白い)


(やっと出てきた、“非予定成分”。新たな因子。目的不明――つまり、調べる価値あり!)


(しかも、研究の進展に詰まってたこの時期に!!)


眠るふりをしながら、ソフィアは心のなかで興奮を抑えきれなかった。


(最高……!! 完璧!! これが――“導き”!?)


(いや違う、これは偶然だ。だが偶然の介入こそが、最も純粋な“未知”の証拠!!)


体内に残った成分は魔力で分解している。眠る必要などない。

けれど――


「ふふ……ふふふふっ……」


ソフィアは瞼を閉じたまま、唇を僅かに持ち上げた。


笑っていた。


研究の滞り、停滞した日々。

すべてが、“睡眠薬入りケーキ”という奇跡的な装置によって、再起動を果たす。


(ありがとう、クレア)


(観察対象リスト、追記――“クレア=フィンレイ”。動機、目的、手段……要調査)


彼女の胸中に、炎にも似た興奮が灯っていた。


(ああ……最高の気分)


(これからまた、研究できる)


(……楽しい!!)


――その日は、そうして“研究者”としての彼女が、久しぶりに喜びで脈打った日だった。


そして隣では、クレアが満足げに微笑んでいた。


「よし、うまくいってくれた......よね?」


クレアが小声で呟いたことには、もちろんソフィアは返事をしなかった。


返さなくてよかった。


まだ、観察は始まったばかりなのだから。





読んでいただきありがとうございます!

続きが気になりましたらブクマなどいただけたら嬉しいです!

感想なども是非!

批判などもちょっと傷つきながらも参考にいたします。

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