第十八話 「観察の始まり」
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学院内での付きまとい(本人は「友達の寄り道」と呼ぶ)を繰り返すうち、クレアはある休日に、まるで思いつきのように言った。
「ねぇソフィアちゃん、明日ひま? ちょっと街歩かない? デート的な!」
いつもなら「そういうの興味ない」と返すところだったが――
その時のソフィアは、たまたま研究の進展が停滞していて、考察のための刺激が何もなかった。
予定もなければ、研究材料もない。そうであれば――
「……いいよ」
そのひとことは、まるで通電でもしたかのようにクレアを跳ねさせた。
「えっマジ!? やったーっ! じゃあ明日、午前十時! 正門前集合ねっ!」
翌朝。
ソフィアは指定された時刻に学院の正門に現れた。
制服ではなく、落ち着いた白のシャツに淡いグレイのスカート。髪は軽くまとめて、揺れない程度に整えている。
いつも通りの「過不足なく目立たない」服装。何も変える必要はなかった。
「――って、シンプルすぎじゃない!?」
出迎えたクレアは、案の定テンション高く驚いていた。
彼女はライトグリーンのブラウスにベージュのフレアスカートという春めいた服装。
編み込まれたサイドの髪には、ちょこんとリボンが結ばれている。
「もっとこう、デートっぽく可愛くしてくるかと思ったのに〜! まあそれはそれでソフィアちゃんっぽいけど!」
「……別に、目的がないなら、飾る意味もないでしょ」
「うーん、それはそうなんだけどさ〜」
クレアは苦笑しつつ、ソフィアの腕を軽く引いた。
「ま、とりあえず行こっ!」
街は、学院の門前から広がる石畳の通りに沿って、緩やかな傾斜で続いていた。
春の陽に照らされた古い家々の瓦屋根。通りに並ぶ菓子屋と古書店の看板が、行き交う学生たちの笑い声に混ざっていた。
クレアは右へ左へと歩き回りながら、見つけた店に片っ端からソフィアを引っ張っていく。
「見て見てこれ! “飲むマナポーション”だって! 飲んだらしゃっくり止まらなくなるらしいよ!」
「……なぜ商品にするの、それ」
「お土産用じゃない? 飲ませたい相手とかに」
「……嫌がらせ?」
「そーいうわけじゃなくて! えっと、なんていうの……愛情の裏返し的な……!」
ソフィアは無言のまま首を傾げた。
そのあとも、露店で魔道雑貨を見たり、カフェで“転写魔導紙”を買ったり、風変わりな香水を嗅いで「くっさ!」と叫んだり――
ひたすらクレアの“陽”に付き合い続ける数時間だった。
(……別に観察するつもりはなかったのに)
気がつけば、ずっと彼女の表情や声の高さ、反応の速度を脳内で記録している自分に気づいた。
けれど、それを止めようとは思わなかった。
そして、日が傾き始めたころ。
二人は街外れの並木道に腰を下ろしていた。風は少し冷たくなり、遠くの塔がオレンジに染まり始めている。
「はいっ、今日のお礼〜!」
クレアがにこにこしながら取り出したのは、リボンで包まれた小箱だった。
「これ、手作りケーキ! 昨日の夜、こっそり厨房借りて作ったの!」
「……わざわざ?」
「んーまあ、感謝の気持ち的な? ソフィアちゃんってさ、いっつも無表情で淡々としてるけど、ちゃんと付き合ってくれるし、なんか……その……好き?」
「……そういうの、わたしにはよく分からないけど」
ソフィアは小箱を受け取り、そっと蓋を開けた。
中には、かわいらしく飾りつけられた小さなチーズケーキが一つ。
ひとかけらを口に運ぶ――その瞬間、彼女の脳裏を“ある成分反応”が通過した。
(……これは)
舌に広がる甘味の裏、微かに残る苦味。
昔、試した記憶がよみがえる。
(――催眠系。市販の範囲では……睡眠薬)
ソフィアの目が、ほんの僅かに見開かれる。
(なるほど……なるほど……なるほど……)
彼女の中で、何かがピンと張った。
「……おいしかった」
「ほんと!? よかったー! あ、でもちょっと眠くなってきたりしない? 最近寝不足だと、効きやすいらしくて……」
「……そうかも」
ソフィアは静かに瞼を伏せた。
(これは、面白い)
(やっと出てきた、“非予定成分”。新たな因子。目的不明――つまり、調べる価値あり!)
(しかも、研究の進展に詰まってたこの時期に!!)
眠るふりをしながら、ソフィアは心のなかで興奮を抑えきれなかった。
(最高……!! 完璧!! これが――“導き”!?)
(いや違う、これは偶然だ。だが偶然の介入こそが、最も純粋な“未知”の証拠!!)
体内に残った成分は魔力で分解している。眠る必要などない。
けれど――
「ふふ……ふふふふっ……」
ソフィアは瞼を閉じたまま、唇を僅かに持ち上げた。
笑っていた。
研究の滞り、停滞した日々。
すべてが、“睡眠薬入りケーキ”という奇跡的な装置によって、再起動を果たす。
(ありがとう、クレア)
(観察対象リスト、追記――“クレア=フィンレイ”。動機、目的、手段……要調査)
彼女の胸中に、炎にも似た興奮が灯っていた。
(ああ……最高の気分)
(これからまた、研究できる)
(……楽しい!!)
――その日は、そうして“研究者”としての彼女が、久しぶりに喜びで脈打った日だった。
そして隣では、クレアが満足げに微笑んでいた。
「よし、うまくいってくれた......よね?」
クレアが小声で呟いたことには、もちろんソフィアは返事をしなかった。
返さなくてよかった。
まだ、観察は始まったばかりなのだから。
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