第十七話 「同級生と同居人」
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昼休み、選択授業の提出場所は賑わっていた。
生徒たちは時間割表を手に、それぞれどの科目を取るか悩んでいる。
教室の隅、ソフィアは一人で机に向かい、書類に記入していた。
「よっと……代表さん、お隣失礼」
声とともに椅子を引いたのは、金髪の少年、カイル=ミューレン。
片手で時間割をくるくる回しながら、にこやかにソフィアの隣に座り込む。
「こんなに難しい授業、よく選ぶね。理論ばっかじゃん。ちゃんと息抜きの時間も作らないと」
「……別に平気。面白そうなやつを選んでるだけ」
「ふーん? じゃあ、“魔道史入門”とかは? 一緒に取ろうよ。教室も涼しいし、寝てもバレないらしいよ」
「寝るつもりで授業取るの?」
「まあ、君の隣で寝れたら……それもご褒美?」
ソフィアはちらと視線を向けた。無表情のまま。
「そういうの、わたしはよくわからない。あと、距離近い」
「おっと、失礼。でもさ、こうやって近くで見ると――」
彼はふと、ソフィアの髪に手を伸ばそうとする。
白銀の髪が、春の光で微かに輝いていた。
「……この髪、光の加減で白にも青にも見えるんだな。なんていうか……」
「――やめなさいッ!!」
突如、教室中に響いた鋭い声。
カイルの手が髪に触れる寸前で、ばしんと音を立てて弾かれる。
その手を払ったのは、レティシアだった。
怒気すら帯びた表情で、彼女はカイルの前に立ちはだかる。
「髪に触れるのは――絶対に、ダメよ」
「え、え? 何、俺何かヤバいこと――?」
「ソフィアはそういうの、嫌いなの。……絶対やめて」
カイルが苦笑いを浮かべて引き下がる。
「わ、わかったよ……先生、そんなに睨まないで……」
ソフィアは、無言でそのやり取りを見ていたが、ふと小さく言った。
「……ありがとう、レティシア」
レティシアは慌てて振り返る。
「え......うん、気にしないで。でも、もし次があったら、言って」
ソフィアは少しだけ考えたあと、真顔でぽつり。
「触れられたら、次はその指、落とす」
カイルがぴくりと肩をすくめた。
「こ、こわ……!」
周囲で見ていた生徒たちの一部がざわめく。
「え、今のって脅し?」 「いや、冗談だろ? たぶん……」 「でもあの代表、冗談言うタイプに見えないけど……」
一方で、ソフィアはもう視線を紙に戻していた。何事もなかったように。
「選択授業、これで出せばいいの?」
「うん。それで大丈夫。……ソフィア、気をつけてね。ここは、“他人が多い場所”だから」
その言葉に、ソフィアは小さく頷いた。
学院生活――そこに広がる“観察”と“干渉”の連鎖。
静かに、確かに、それは動き出していた。
学院の寮は、属性ごとに棟が分かれている。 だが、“五属性持ち”と“特例生”――すなわち、属性分類が困難な者たちには、中央棟と呼ばれる独立寮が用意されていた。
白を基調とした石造りの建物。 規模は他の寮より小さいが、そのぶん設備は整っており、個室に近い二人部屋が標準だった。
ソフィアの部屋は、三階の西側。 窓の向こうには中庭と時計塔が見える、静かな角部屋だった。
ドアを開けると、すでにもう一人、先に入室していた。
「――おっそ! あんたがソフィアちゃん? よろしくねー!」
眩しいくらいの笑顔とともに、声をかけてきたのは、一人の少女。
ゆるく巻いた赤みがかった髪。 長めのまつ毛に、ぱっちりとした水色の瞳。 制服の上着はすでに脱いで、ラフなシャツ姿になっていた。
「クレア=フィンレイ! 水と土属性でーす! 一緒の部屋になるとか運命っぽくない? これからよろしくね!」
「あ……よろしく」
ソフィアは少しだけ瞬きをして、ぺこりと頭を下げた。 クレアはその反応に構わず、すぐさま詰め寄る。
「てかさ! ねぇ、ちょっと失礼……うっわ、やっぱりでっか!!」
「……え?」
唐突に発せられた言葉に、ソフィアは一瞬固まった。
「胸よ胸! 何そのサイズ!? 隠してもムリってレベルじゃん!? 制服の上から分かるやつだもん!」
「……そう?」
「そうよ! めっちゃ羨ましいんだけど……うちBの上の方なんだよね……せめてCほしかった……」
クレアはなぜか床に倒れ込むように崩れ、「神は不公平……」と呻いている。
ソフィアは、その姿を無表情のまま見下ろした。
(……観察対象としては、特に異常なし。属性診断も妥当。信仰にも作為は感じられない)
「で、さぁ。ソフィアちゃんは何属性なの? 代表だったし、まさか五属性全部持ってる系!?」
「……一応、そういうことになってる」
「え、なってる……? ちょっと言い回しおかしくない?」
「……気のせい」
「ふーん……まあいっか! うちら寮生同士だし、なんかあったらよろしくね!」
クレアは明るく言いながら、ベッドにばふっと倒れ込んだ。
(……警戒はいらない、ただの学院生。おそらく、今後も特に干渉してこない)
ソフィアはそう判断し、自分のベッドに腰を下ろすと、持ってきた魔道書のページをめくり始めた。
「てかさ、さっき隣の席の男子、めっちゃガン見してたよ? たぶんソフィアちゃんのこと好きだよあれ」
「……そう」
「反応うっす!? あーでもそういうの興味ないタイプ? そっかー……でも逆に、無口で巨乳って、男子めっちゃ好きそうな属性じゃない?」
「……いまの、“属性”って魔法のほうじゃないよね?」
「えっ違うよ? 人生のステータスの話!」
ソフィアは黙って、ページをめくる速度を少しだけ上げた。
(……反応速度は高い。会話のテンポも早い。だが、内容に知性はない)
(研究対象外。記録、終了)
ソフィアは心の中だけで、淡々と結論を下した。
一方、クレアはベッドの上でぐるぐる転がりながら、楽しそうに話を続けていた。
「ねぇねぇ、明日の選抜テスト、何選ぶ? 私、たぶん防御魔法~。ソフィアちゃんは攻撃系っぽいよね? それとも神聖術?」
「……非戦闘。観察優先」
「へー? かっこいい言い方~。なんか研究者っぽい!」
「……そうかも」
ソフィアは、本を閉じて小さくため息をついた。
静かに、けれど確かに、寮での生活もまた、観察と干渉の場のひとつだった。
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