第十六話 「入学おめでとう。」
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入学式が終わり、講堂から生徒たちがぞろぞろと溢れ出てくる。
石畳の広場に春の陽が差し込み、柔らかな風が制服の裾を揺らした。
「代表の子、マジで五属性全部だったよね?」 「やば……魔方陣の輝き、三重だったってわかる? 私、正面で見てたけど、あれすでに巫女に近いってレベルじゃない」
「信仰が深いほど魔方陣は輝くんでしょ? つまり……あの子、すっごい敬虔ってこと……?」
「でも、なんか……ちょっと怖くなかった? 詠唱が、棒読みでさ……」
中庭には、そんなざわめきと視線が集まる一角があった。
そこに座っているのは――銀髪の少女、ソフィア。
ひとりベンチに腰かけ、制服の袖を整えながら、膝の上の魔道書をめくっている。
誰にも話しかけられず、周囲だけぽっかりと空白になっていた。敬意とも畏怖ともつかぬ距離感。
「……で、出た。代表の子、超一人の世界だ……」
「ちょっと近づきにくいよね……見た? 試験のときのあの冷たい目……」
「でもさ、ほんとに五属性なんだよ? あれ、推薦枠って噂だけど、普通に天才でしょ……」
「推薦枠って、たしかレティシア先生の……」
その名を口にした瞬間、ひときわ大きなざわめきが生まれた。
「……え、うそ。あれ見て、あの人、来てる」
「ホントだ……レティシア=グローデル先生……!」
生徒たちの視線が一斉に注がれた先、講堂の柱の陰から歩いてきたのは、
赤い装飾が施された深い青の教員ローブに身を包んだ女性教師――レティシアだった。
その名を知らぬ者はいない。
五属性を全て扱い、学院史上最高成績で卒業。
今や若くして、聖環学院の“魔法理論”と“神学応用”を教える天才教師。
「あのレティシア先生が……代表の子のとこ行った……!?」
生徒たちのささやきをよそに、レティシアはそのままソフィアの隣へと歩み寄り、ベンチに腰を下ろす。
「……相変わらず、空気読まないなぁ」
レティシアがそう言うと、ソフィアはちらりと目線を上げた。
「え、変だった? 断定したら嘘になるし……」
「もうちょっと“濁す”とかあるでしょ。“尽力します”とか」
「研究の報告に、そんな曖昧な表現使わないし」
「はいはい、そういうとこよ。もう少し“可愛げ”ってものをね?」
「それ、必要なの? 魔方陣の精度と関係ある?」
「それ言い出すと教師生活がつらくなるのよ、ほんとに」
二人の会話は、ごく自然に、親しげに交わされていた。
それを遠巻きに見ていた生徒たちが、息を呑む。
「やっぱり知り合いどころじゃない……あれ、完全に“友達”みたいな……」
「え、でもレティシア先生って、あの冷徹で有名な指導者でしょ……? 自分が推薦したからって、あそこまで親密って……」
「何者なの……あの子、ソフィアって……?」
ざわめきの中心で、当の二人は至って自然だった。
「でも……本当に代表になるとは思ってなかった。試験のときの魔方陣、完璧だった。全部、自分で?」
「うん。光子の集束と干渉で作った。あとは反射角度の調整と、干渉色の制御。三層にしたかったから」
「……まったくわからないけどすごいってことは分かった」
レティシアは呆れながらも笑って、少しだけソフィアに目を細めた。
「でも、目立ちすぎちゃったかも。教団があなたを“信仰の象徴”に仕立てようとしたら、面倒よ」
ソフィアはほんの少し、視線を伏せた。
「わかってる。……でも、大丈夫。いざとなれば、消える準備はしてある」
その言葉に、レティシアはわずかに息をのんだ。
「あなたってほんと、そういうとこだけ冷静すぎるのよ……」
「レティシアのほうが、もっと冷静だと思ってた」
「それは“先生”としての顔よ」
「じゃあ、いまは?」
「……“友達”としての顔。……多分ね」
ソフィアは、それを否定しなかった。
そしてその頃――学院の高塔の最上階、ステンドグラス越しの窓の奥。
謎の少女が、静かに二人を見下ろしていた。
黒衣に銀縁のローブ、顔には仮面。
「……零様。やはり、再現性のある力」
冷たい声で呟く。
「観測は継続……次の接触に備える」
小さく呟き、姿を闇へと沈めた。
学院は、まだ始まったばかりだった。
だがその静けさの裏では、もう幾つもの思惑が蠢きはじめていた――。
「……静かにーっ!」
教室の前方から、澄んだ声が響く。
立っていたのは、若い女性教師。濃紺のローブを軽やかに着こなし、手には銀の教鞭。
肩までの金髪を緩やかに結い上げたその人物は、今年新たに着任した教師――ルシア=カーヴェル。
「さて、入学おめでとうございます。一年A組の担当教師、ルシアです。担当は属性基礎理論と、結界学。あと、叱る係」
教室の前列が小さく笑う。
「授業が始まる前に、学院の仕組みをざっと説明しておきましょう。君たちは今日から“神と理を学ぶ者”です。けれど、信仰があればいいというわけではありません」
ルシアは、教室の背後にある壁へ向かって、教鞭で一突き。
すると、そこに描かれていた魔法陣が淡く発光し、空間に光の板が浮かび上がる。
「学院の授業は〈属性系〉〈理論系〉〈神学系〉に分かれています。それに加えて、年二回の〈査問〉があります」
「さ、さ、査問……!?」
前列の生徒が小声で怯える。
「まぁそんな怖がらないの。査問といっても、“信仰の深さ”と“理の理解”が一定基準に達しているかを確認するだけ。問題なければ三分で終わるから」
(……三分で終わらなかった生徒はどうなるのか、誰も聞けなかった)
「それと――学院内は五属性で寮もクラスも分かれているけれど、“五属性持ち”や“特例生”は独立枠。たとえば、代表のソフィアさんとか」
注がれる無数の視線。
ソフィアは反応しない。机の上のノートに、魔力量測の式を書き写していた。
「それと、もう一人……特例編入がいますね。カイル=ミューレンくん、自己紹介を」
「はいはい、どーも。編入生のカイルでーす。五属性持ち、でも信仰は薄め。自由気ままに生きてます。以上」
緩い口調で立ち上がった少年――灰色の髪に、翡翠色の瞳。
どこか飄々とした雰囲気をまとい、クラス内に微妙な空気を生む。
「性格はさておき、魔力量のバランスと反応速度は今期トップ。ライバル視するのも自由よ」
「ライバル視……するかよ、あんな軽薄そうなやつ……」
後ろの席の男子がぽつりと呟いた。
「さて、最後に紹介したいのは教職側――神学特任講師であり、学院の理論研究室室長。今期から教団特任監査員でもあります。どうぞ、レティシア=グローデル先生」
教室の後方の扉が開かれ、スッ……と静かに入ってきたのはレティシアだった。
生徒たちが一斉にざわつく。
「ま、まじで本人だ……!」 「この学院の歴代最高成績の卒業生……!」
「学問部門首席、魔法戦闘でも準トップって……えっ先生なんで……!?」 「神官家系で、教団からの派遣じゃないかって噂、ほんとだったんだ……!」
レティシアは一礼だけして、前へ出る。
「――信仰も、魔法も、真理も。すべては“問い”から始まります。
本質を恐れず、疑問を持つこと。それが、学ぶ者の責任です。共に在りましょう」
その言葉に、教室は静まり返った。
ただ、その場にいる者の誰もが――ソフィアが彼女をじっと見つめていたことに気づいていなかった。
(この学園に来たのは、“神”を知るため。信じるためじゃない)
ソフィアはペンを止めずに、心の中だけで呟いた。
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