第十四話 魔王は祈らない
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廃墟最奥──
崩れた壁の影から、黒衣の男が一歩、音もなく前へ出た。
その背後の空気が、まるで熱で揺らめくかのように歪む。
「……お前が、レティシア導師の言っていた娘か?」
ソフィアは首を傾げ、無感情な眼差しで返す。
「……あら、あなたが彼女を攫ったの?」
「導師は珍しく他人を褒めた。
だが――子供は子供だ。所詮は戯れの実験魔術師に過ぎん」
レティシアの心臓が跳ねる。
(まずい……相手は《人頂級》。六歳の子供に勝てる相手じゃない……!)
男はゆっくりと杖を掲げる。
低く響く声が廃墟に満ち、古代語の節が空間を震わせた。
「──《雷鳴よ、天を裂き、大地を穿て》
《我が杖に集い、我が敵を焼き尽くせ》
《天槍・レメゲトン》!」
空が裂け、眩い閃光が降る。
稲光が槍の形をとり、空気を焼きながら一直線にソフィアの頭上へ――
「ソフィアっ!」
レティシアが叫んだ瞬間、雷槍が落ちた。
轟音と衝撃波が床を抉り、石片が四散する。
(……やっぱり、無理……!)
レティシアは歯を噛みしめ、煙の向こうを睨む。
しかし、そこに立っていたのは、服の裾すら焦がさず、淡々と煙を払うソフィアだった。
「……出力過多で収束率が低い。媒介は……不安定ね」
男の眉がわずかに動く。
だが、すぐに笑みを取り戻す。
「ほう……一撃耐えるとはな。だが、これはどうかな」
杖が床を叩くと同時に、地面の魔法陣が青白く輝く。
次の瞬間、廃墟全体を覆うような巨大な光柱が立ち上がった。
「《滅閃の光槍》!」
光の奔流が半径二十メートルを飲み込み、壁が蒸発し、石床がガラスのように溶ける。
熱風が押し寄せ、レティシアは思わず腕で顔を覆った。
(……もう、終わり……)
だが、熱が収まったとき、そこに残っていたのは――
光の直撃を受けたはずなのに、微動だにせず立つソフィア。
「……なるほど。魔力量は膨大。
でも、やっぱり神に頼った借り物の力なんて所詮こんなものか」
その声音に、初めて男の顔から余裕が消える。
「――何?」
ソフィアは一歩踏み出した。
「次は私の番」
「……っ、貴様、一体……!」
「知識を使ってるだけ。魔力って、“思い込み”で使うには、あまりにもったいない」
そう言うと懐から、奇妙な鉱石が取り出される。
男の表情が硬直する。
「それ......何をする気だ、」
ソフィアは首を傾げ、まるで授業のように口を開く。
「核分裂、っていうのがあってね?
沈黙。風の音さえ消える。
「質量の大きい原子核に中性子をぶつけると、二つに割れて莫大なエネルギーを放つの。その反応を、魔力で制御・閉じ込めたのがこれ」
男は理解できず、ただ一歩後ずさる。
「……かく……何を……言って……」
ソフィアは視線を逸らさず、無感情に言い放つ。
「あなたぐらいなら、小石で十分ってこと」
彼女の指先が、鉱石を軽く弾く。
空気が重く沈み込み、光が収束して一点に凝縮される――
そして、世界が爆ぜた。
白色の閃光が視界を覆い、重力が崩れ、空気が逆流する。
あらゆる魔術障壁は、音もなく霧散した。
男は声を上げる間もなく、その輪郭ごと光に呑まれる。
衝撃波が地を抉り、熱線が残骸を蒸発させた。
やがて光が引く。そこには、焦げた大地と揺らめく熱気だけが残っていた。
ソフィアは観測器を取り出し、無機質に記録を読み上げる。
「臨界到達、三・二秒。変換効率、理論値通り。……観察、終了」
彼女は振り返り、未だ震えるレティシアの手を取る。
「帰るよ」
歩き出したその背中に、レティシアがおそるおそる声をかける。
「……あの……彼らは……死んだのですか?」
ソフィアは立ち止まり、わずかに肩をすくめた。
「いいや。私が魔力で威力を抑えてるから……たぶん、大丈夫じゃないかな?」
「たぶん……?」
「うん。今回はあなたを取り戻すことが目的だったから、出力は必要最小限。……ただ、衝撃波と熱でしばらくは動けないかもね」
そう言って、彼女は何事もなかったかのように山道を下っていく。
レティシアは複雑な表情を浮かべながら、その後を追った。
夜が訪れる中。 廃墟から立ち上る煙と、二人の影だけが、山を下っていった。
――この日、“魔王”の名が、世界に刻まれるきっかけとなった。
静寂を飲み込んだクレーターは、未だ微かに熱を帯びていた。
塔の窓が開いていた。
高すぎる位置にあるため、王都の喧騒もここまでは届かない。
ただ、遠くの空に残る“爪痕”――あの爆発の名残のような曇りが、未だ視界の片隅に残っていた。
その曇りを、アレシア・ヴェル=オルドは飽きもせず見つめている。
背には金糸の法衣、床には複雑な聖環陣が描かれていた。かつて“神々”に祈るための象徴だったそれは、今ではただ一つの存在のためにある。
「……ふふ……ふふふ……ふふふふふ……」
くぐもった笑いが、静かな部屋に広がる。
「ついに、ついに……来てくださったのですね……“零”様……」
その声は、熱に浮かされたようでもあり、狂信の祈りでもあった。
傍らの部下たちが不安そうに視線を交わす。だが、誰一人として彼女に声をかけることはない。
アレシアはふと、手元の机に積まれた資料の束に手を伸ばす。
数日前王都南東山岳地帯で発生した局地的爆裂事案に関する報告書”――教団のやつらに報せられた調査書だ。
魔法では説明できない衝撃波、神の恩恵の欠如、空間そのものの反転。
誰もがその正体を測りかね、ただ一様に口を噤んだ。
「“魔法の範疇を超えた爆発”……? 違う、違うわ……これは、神の恩寵でも災厄でもない。ただ、理の外側から来た力――すなわち、“再臨”。」
アレシアは両手を合わせ、祈るように天を仰いだ。
「この数百年、誰もが忘れていた“零”の名……真の理に触れる者。神の加護を必要とせず、詠唱も属性も超越し……ただ存在するだけで、世界をゆがめる。私たちは……ついに、“始まり”を目にしたのです」
部下のひとりが、恐る恐る声をかける。
「アレシア様……この“零”という存在が、もし本当に再臨されたのだとして……それは、災厄では……?」
「災厄? ふふ……違います。あれは“理”そのもの。恐れようとするその心が、あなたの信仰の浅さを示すのです」
彼女の目は、燃えるように輝いていた。
「魔王……かつてそう呼ばれた存在。けれど私は、彼女をこう呼びましょう――
“零”様、私たちの祈りに応えた唯一の存在。
神を必要としない神。言葉を捨て、法を編み直し、世界を裏返す者」
窓から吹き込む風が、机上の聖典をめくる。
「……あなたに、早く会いたい。零様……
どうか、この時代に降りてきた理由を……私に、教えてくださいませ……」
神には届かぬ祈り。
だがその熱狂は、確かに――王都の中心部から、じわじわと広がり始めていた。
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