第十二話 「最高に面白いじゃない!!」
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レティシアが来なくなって、三日が過ぎた。
その日も、ソフィア=エインズワースは静かに、食後の紅茶を口に運んでいた。
甘味は控えめ。温度はちょうど良し。カップもお気に入りの縁金細工――
……だったのだが。
(……やっぱり、来ない)
スプーンを置く動作が、ほんの僅かに鈍る。
「……あの人も、結局、そうだったのね」
心の中で、溜息をつく。
過去三人の家庭教師たちと、同じ。
“途中でいなくなる”という謎の共通点。
一人目は、「実家に急用が」と言って姿を消し。
二人目は、「婚約者が急に倒れて」と言って突然の出発。
三人目に至っては、「何か……雷に打たれたような気がした」とだけ言い残して失踪。
(全員、信仰がないとわかってすぐだ、)
もはや“伝統芸”のようなものだった。
今回のレティシアも、そうなのだろう――そう思うと、なんとも言えない虚無感が胸を覆う。
(あんなに面白そうだったのに。あんなに観察眼があって、“ぽん”に動じなかったのに)
実験者としての興味も、観察対象としての価値もあったのに。
一ヶ月で、これだ。
(……ほんと、がっかり)
いつの間にか紅茶の表面に、うっすら“湯気の渦”が現れていた。
ソフィアの魔力が、無意識に共振している。
そのままテーブルに頬をのせ、ぽつりとつぶやく。
「で、今回はどこに帰ったのかしら?
彼女の選択も私を全知へ連れていく」
数時間後。両親のもとにて。
「お母様、レティシア先生、何かご予定があったの?」
「ええとね、……」
母が指を折りながら言った。
「まず最初は実家って話だったわね。あの子も家庭がね……って。次の先生は婚約者が倒れて」
「三人目は雷に打たれたんだったわよね。……でも、今回は、……」
父が困ったように口を挟む。
「……今回は、特に連絡がないんだ」
「へ?」
「教団からも、何も」
「え?」
母と父が視線を合わせて、苦笑する。
「まあ……教団のことだし、何かの任務が入ったのかもしれないけどね」
「でもちょっと変なのよ。前の先生たちのときは、必ず誰かしらが代わりに挨拶に来てたんだけど……今回はそれもなくて」
「教団の人も、今のところ“所在不明”って言ってるそうだ」
その瞬間。
ソフィアの脳内に、鮮やかに“電流”が走った。
──教団が、把握していない。
(え。ええ。えええ!?)
思考が、一気に加速する。
(つまり、あの人――レティシア・グローデルは、教団に逆らった!?)
(報告を拒んで、どこかに消えた!?)
(──最高に面白いじゃない!!)
ソフィアは、まったく笑っていないのに、頭の中だけで全力でガッツポーズを決めた。
(やった……! やっと見つけた……!)
(信仰のルールを理解しながら、それでも“外れた”人……!)
(しかも教団の人間!)
(利用するには、これ以上ない素材じゃない!)
心が、身体の奥からふわりと浮かび上がるような感覚。
興奮が、冷たい静けさの奥底で、確かな熱を持って広がっていく。
(やっぱり、あの人はただ者じゃなかった……!)
ふとソフィアは、机の引き出しを開ける。
そこにしまっていたのは、何度も書いては破った“入学志願書”の下書き。
王都・魔道学院。
そこに行けば、信仰についてもっと知ることができる。
神についても、魔法の成り立ちについても。
──でも、自分が“信仰していない”とバレたら終わり。
それが唯一にして最大の障壁だった。
(でも……)
(もし、あの人が、私を推薦してくれれば)
(……私も、近づける)
ソフィアの頬が、わずかにほころんだ。
その笑顔は、子どもらしい無邪気さとは異なる、“理を掴もうとする者”の喜びに満ちていた。
──夢に、一歩、近づいた。
それは他の誰のためでもなく、
ただ“知りたい”という、純粋すぎる衝動のために。
石造りの地下室に、重い鉄扉の閉まる音が響いた。
蝋燭だけがかすかに照らす空間。
壁は分厚く、外界の音は一切届かない。
中央の椅子に、レティシア・クローデルは静かに座っていた。
鎖が、両手首と足首に掛けられている。その上、封魔によって魔力も封じられた状態だった。
前に立つのは、黒衣の尋問官。
教団の公的記録には記されない、影の監察者。
「……もう一度、確認します。
あなたは地方任務において、“魔法行使に関する重大な観察対象”に接触しながら、その報告を意図的に遅延した」
「意図的ではありません」
レティシアの声は冷静だった。
「書くべきことを、まだ書く“資格”が自分にあるかを測っていました」
「資格?」
「ええ。判断を誤れば、その子は“異端”として処分される。でも私は、彼女が“まだそうではない”と信じている」
尋問官は無言で、書簡を一枚、レティシアの前に置いた。
それは、未提出の報告書の写し。空白の多すぎる構成。
「“理の魔法”を使った、と報告してもよいのでは?」
「その“理”を、あなたは説明できますか?」
「できません。それは司祭会の判断だ」
「……だから、書けないのです」
レティシアは目を伏せたまま、呟く。
「教義では、魔法とは神に捧げる祈りと詠唱によってのみ発動されるもの。
でも、彼女はそれを超えていた。ただの逸脱ではない。
あれは……“再現”です。まるで、この世界の構造を、理解して組み直しているような」
「つまり、“零”の可能性があるということですか?」
その言葉に、レティシアは眉を寄せた。
「“零”など、記録の中にしか存在しない空名です。私は……ソフィアを、ただの人間だと思いたい、いえ、思っています。」
「信仰のない者が魔法を使う。それは、ただの人間ではない」
「そうでしょうね……」
小さく、レティシアは笑った。
「でも、信仰がなければ人は人ではないのですか?」
沈黙が落ちる。
尋問官は机を一つ叩いた。
「このまま報告を拒み続ければ、正式に“異端庇護の疑い”として、君自身の信仰も問われることになる」
「その覚悟はあります」
「……いいでしょう」
尋問官は扉の方へ歩くと、最後に一言だけ残した。
「“あの子”が何者であるかを証明するのは、君ではない。我々が先に、それを確かめさせてもらう」
扉が閉まる。
レティシアは、誰もいなくなった闇の中で、静かに独り言のように言った。
「……ソフィア。あなたは今、何を考えているの?」
その声は、確かに届かぬはずの空間に、微かに響いて消えた。
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