第九話 「老害の会」
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王都 中央聖堂 神律の間。
五神の象徴が刻まれた玉座に、司祭たちが静かに座す。
この場で語られるのは、選ばれし者たちにしか触れられぬ「疑念」。
沈黙を破ったのは、やはり彼だった。
「……レティシア=クローデルの報告、未提出より三日」
燃えるような赤衣を纏った男、〈火の神〉を奉じる司祭――グレオルド。
その声音には怒気がにじんでいた。
「三日かそこらで騒ぎ立てるには早いだろう」
〈風〉の司祭、ヴァルデンが軽くあしらうように笑った。
「彼女は慎重な人間だ。報告が遅れることもあるでしょう」
〈水〉の司祭セリアが淡々と告げる。
「……それでも、我々の下した指令は『調査』であり、彼女は“観察者”であって“判断者”ではない。報告すべきことがあるなら、嘘偽りなく記せばよい。それができぬというのなら――」
グレオルドは拳を握りしめ、玉座の肘掛けを軋ませた。
「――尋問すべきだ。教団の命に背き、情報を秘匿するなど、背信にも等しい!」
「言い過ぎだ」
ロム=エンベル〈土〉の司祭が初めて口を挟んだ。
老いた声だが、重く、威圧感に満ちていた。
「その少女――ソフィアについて、我々には不確かな情報しかない。だからこそ、派遣したのだろう?」
「ではなぜ書けぬ? なぜ、沈黙する?」
「書けぬ内容を、わざわざ報告しに来るとは思わぬか?」
そう言ったのは〈光〉の司祭アトリウスだった。
グレオルドに冷たい視線を向ける。
「本日、彼女は王都に来る。理由を問うことは、直接行って然るべきだろう。そこで、彼女自身の意志を聞く」
「悠長すぎる!」
グレオルドが叫んだ。声が神律の間に響き渡る。
「彼女が口を濁すのは、何か――教義に触れてはならぬ“異端”を見たからだ。あの領土では変な噂も多い……これは、“零”の兆しではないのか? 」
その名に、場が静まった。
「……零、などという昔話を持ち出すな」
ヴァルデンが鼻で笑う。
「確か一年前、ルリィとか言う少女一人におまえの部下がやられたのもあの領土だったな」
「黙れ」
ヴァルデンの緩い顔が一瞬で崩れた
「まぁいい、言っておくが零は空想ではない。文書は確かに残っている」
グレオルドは吐き捨てるように言った。
「詠唱も信仰もなく、“理”を捻じ曲げた魔の物。
我々の教えが及ばぬ力。――それが再び現れたとしたら、どうする!」
「落ち着け、グレオルド」
セリアが、やや強めに声を重ねる。
「この件は“保留”とする。今日、彼女から直接事情を聞いた後で――再審を行おう」
「……っ」
沈黙が落ちた。
怒りをこらえるように、グレオルドの歯がきしむ。
やがて彼は、立ち上がり、低く頭を下げた。
「……異論は、ない」
だがその目は、静かに燃えていた。
燃えさしのように、赤く、熱く――そして、暴発寸前に。
数時間後
王都・中央聖堂──教導院事務棟、地下階。
灰白の石造りの回廊を、レティシアは無言で歩く。
幾度となく通った道だが、今日ほど空気が重く感じられたことはない。
扉の前で足を止める。
中にいるのは、五人の最高司祭の一人――〈黎明の神〉を奉じるアトリウス司祭。
――この人物ならば、“問われること”の意味を知っている。
ノックの音も短く、すぐに通された。
「お入りなさい、グローデル導師」
椅子に腰かけるよう促され、レティシアは黙って従った。
「報告が遅れている、と聞いています」
アトリウスは書類に目を落としながら、穏やかな口調で言った。
「……はい。本日は、その経緯と判断について、直接ご説明に参りました」
「本来なら、この程度の遅延で私が出てくる必要はありません。ですが、会議で“零”という言葉が出た」
レティシアの表情がわずかに動いた。
「私は、あの名を軽々しく扱うべきではないと考えています。
ですが、“書かれない報告”ほど、不穏なものはありません」
「……承知しております」
「君が“観察中”であり、“報告できない状態”にあることは理解できます。
だが、それは本当に“今だけ”なのか? あるいは、“報告してはいけないもの”を見たのか?」
レティシアは短く息を吐いた。
「……私は、記すことにまだ迷いがあります。
観察対象が“異質”であるという直観はあります。けれど、それが“教義に背くもの”かどうか、まだ確信が持てません」
「つまり、善悪を測る天秤が、まだ揺れている」
「はい。だからこそ、判断を急がず、観察を続けています」
アトリウスは椅子の背にもたれた。
「……グローデル導師。あなたは優秀です。だから問いますが――その少女、ソフィア=エインズワースに“信仰”はあると見ましたか?」
アトリウス司祭は嘘を見破る。ここで信仰があると言えば嘘がバレてしまう、
「……魔法を行使していました。
信仰がないと魔法は使えません......」
「彼女は、“信仰”を語ります。ただし、それが“形式”なのか“本心”なのかは、測りかねます」
アトリウスはしばらく黙ってから、机の上に手を重ねた。
「今日、君が来てくれたのは賢明な判断です。
正直に言えば、君が報告を記さないことに、あの火の司祭グレオルドは強く異を唱えていた」
「……」
「だが、私は彼のやり方には同意できません。君の目で見たものを、君の言葉で記す。それが最も“まっとう”だ」
「ありがとうございます」
「ただし、彼が黙っているとは限らない。彼の“火”は、理よりも先に動くことがある」
レティシアは静かに目を伏せた。
「……私が急いで戻るべき理由は、そこにもあります」
「そうですね」
アトリウスは椅子から立ち、レティシアに近づいた。
「君がこの件を“信じて良い”と判断するまで、教団は“公式な介入”を控えるべきでしょう。
けれど、信じるとは、つまり“責任を負う”ことです」
「承知しています」
「君の言葉を待ちます。書かれぬ真実は、時に毒にもなり、光にもなる。
だが君は、どちらにもできるだけの知と胆力を持っていると、私は信じています」
レティシアは、ほんの一瞬だけ微笑みを浮かべた。
「……感謝いたします、司祭様」
「どうか、急ぎなさい。何も起きぬうちに」
それは、忠告であり、祈りでもあった。
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