零話
これから毎日一話ずつ投稿できたらいいなと思ってます。
昼休み、教室の窓際で日差しを避けながら、私はおにぎりを片手に頬を動かしていた。
「ねえねえ聞いた? 三組の沢村くん、また告白されて断ったらしいよ」
「えー! なんで? あの人めちゃかっこよくない?」
「それな。まぁ…うちのクラスの誰かさんはもっとモテるけどね〜?」
「ちょっと、結花と比べちゃそうなるよ」
私の隣で、千夏が笑いながら私の肩を突いてくる。
「ふふっ、はいはい。ありがとね。……ほら、のり弁、冷めちゃうよ?」
“普通の高校生”としての、完璧な笑顔で。
ーーそう。私は今日も普通を演じている。
(早く帰って、プラズマ反応炉の封止試験、確認しないと…)
おにぎりの塩気も、友達の笑い声も、ほんの薄膜のフィルター越しに聞こえる。
笑う。頷く。相槌を打つ。
どれも「高校生」としてのテンプレート。
私は完璧に演じることができる。
なぜなら――私はそれすら、研究対象にしてきたから。
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夕暮れの光がガラス越しに差し込む。千夏と美咲と三人、Ⅿサイズのポテトを囲む。
「ちょっと、今日のポテト、しなしなすぎじゃない?」
「それな〜、でもⅯサイズ頼んじゃうよね、クセで」
「結花は? ポテト食べる?」
「ん。ありがとう。……ケチャップ、つけていい?」
「どーぞどーぞ! てか、やっぱマッケはコーラだよね〜!」
「わかる〜!」
2人のテンションは、いつも通りで、スマホを見せ合いながら次のテストの愚痴で盛り上がっている。
(今日は第3炉の封印解除、内圧管理チェック……それが終われば、いよいよ初期臨界のテスト…)
(あと少し。あとほんの少しで、私の世界が、動き出す)
「ゆいかー? 聞いてる? 明日の体育、地獄コースらしいよ?」
「あ、うん、ごめん聞いてたよ。長距離でしょ? 靴、ちゃんと準備しとかなきゃ」
笑ってそう答える私に、千夏が首をかしげる。
「最近、なんかボーッとしてるね?」
「え? そうかな、ちょっと寝不足かも」
「もう〜、ゲームのしすぎ? それともアニメ? 」
「まあ~、うん、そんな感じかな、今日はついに生まれるんだ」
私の言葉に、二人が「???」となってるけど、軽く笑ってごまかした。
それでいい。
私はこの「普通の日常」が嫌いというわけではない。
でも、心のどこかでずっと思ってる。
(…早く帰りたい。回路が私を呼んでる)
家のリビングを素通りし、母の声にも返事をせず、私は階段を下る。
地下1階、通称“研究棟α。
鉄扉を3つ開け、手のひら認証と声紋認証をすり抜ける。
高校2年生、結花、17歳。
その正体は――狂気的な探求者。
目の前には、暗がりの中、ゆっくりと脈動する一基の機械があった。
大小のコイル、重ねられた反磁装置、そして封印された「爪付き球体炉」。
私は白衣を羽織り、指先をそっと炉心に触れる。
「……ただいま。わが愛しの娘よ」
コツン、と額を軽く当てる。
「今日、君は生まれるの。世界がどんなに否定しようと、これは“私だけの科学”……」
笑みがこぼれる。
柔らかく、甘く、完全に“イってる”笑みだった。
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端末が点灯し、シーケンスが走る。
【プラズマ封止場展開:完了】
【トリチウム充填率:92%】
【臨界開始まで、あと00:01:00】
「ねぇ、知ってる? 人間の脳って、放射線にほんの少しだけ晒すと“閃く”の。これって、とっても ロマンチックじゃない?」
モニターに映る自分の顔が笑っていた。
その瞳は、熱に酔い、光に飢え、正気と理性の境界を踏み越えていた。
【開始30秒前】
「行こうか。私たちだけのビッグバン。この宇宙で、私たちだけの“理論”を証明しに」
カウントダウンが始まる。
30、29、28……
私はひとり言を呟く。
「高校では“普通”やってるけど……ちょっとだけ退屈なんだよね。でも君といると、本当に……幸せ。これが生きてるってやつ?」
微笑む。
「……もう、いいよね。これが失敗でも、成功でも、きっと私は――」
3.2.1
【臨界開始】
──ドシュンッ……!!
瞬間、空気が押し返され、鼓膜が揺れた。
視界がチカチカと明滅し、天井の計器が真紅に染まる。
【警告:炉心崩壊反応】
【封止場、消失】
【磁場崩壊まで、残り10秒】
「……あは。あはははっ……、そうなるんだ、たのしみだな……!」
笑うしかなかった。予想はしていた。けど、こんなに綺麗に……暴れるなんて。
私は、目の前の核融合炉にそっと手をかざした。
「君は、ほんとうに……最高の子だったよ。私が愛した、“理論の結晶”」
次の瞬間、閃光が全てを飲み込んだ。
感覚が、音が、色が、溶けていく。
でも、私は最後まで微笑んだままだった。
(ああ……これでやっと……)
(本当の“世界”が、見られるかもしれない)
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