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ニューヨーク(アンドレア)

 

「よく来たね」


 満面に笑みを浮かべたルチオが店の前で待ってくれていただけでなく、温かみのあるハグで包み込んでくれた。そして、店舗の2階にある自宅に案内してくれた。


 中に入ると、待ち構えていたアントニオが力強い握手で迎えてくれ、奥さんは控え目なハグで歓迎の意を表してくれた。


 リビングに入ると、ソファに座っている同年代らしき男子の姿が見えたので挨拶しようとして近寄ると、彼は立ち上がって「アンドレアです。よろしく」と手を差し出した。大きな手で、握る力も強く、体はアントニオより大きかった。


「弦です。弾弦」


 その次を言おうとすると、それを制するようにルチオが口を挟んだ。


「Play the stringsという意味だったよね」


 頷くと、すかさずアンドレアが話を引き取った。


「ヴァイオリン?」


「ううん、ギター」


「へ~、クラシック?」


「そう。でも今はジャズにはまっている」


「ふ~ん」


 ジャズという言葉が刺激を与えたのか、アンドレアの表情が変わった。


「フェイヴァリット・ミュージシャンは?」


「ラリー・カールトンとか、ジム・ホールとか」


「へ~、じゃあ、アランフェス協奏曲は弾ける?」


 頷くと、「僕の部屋へ行こうよ」と腕を取られたが、それをやんわりと断って、アントニオに向き直った。


「お土産を持ってきました」


 紙袋を差し出すと、受け取ったアントニオが興味深そうに中を覗いた。


「あっ、これって」


 アントニオの顔が一気に綻んで、「出してもいいかな?」と言うや否やテーブルに並べ始めた。


「これがあんパンで、こっちがジャムパン、そしてこれがカレーパンで、これはメロンパン。そしてこれが総菜パン」


 弦の説明が終わるとすぐにあんパンを手に取って、半分に割り、じっと中のあんを見た。


「つぶあんです」


「ツブアン?」


 弦は〈つぶあん〉と〈こしあん〉の見た目の違いを説明した上で製法についてはよくわからないと正直に告げたが、しかし、そんなことはどうでもいいというようにパンを更に半分にして、口に運んだ。


「う~ん♪」


 一気に頬が緩んだ。

 それを見たアンドレアがアントニオの手から残りのあんパンを取って、口に入れた。


「うちのパンとは全然違うね」


 でもいける、というような顔をしていた。


「とってもおいしい」


 アントニオの奥さんがかなり気に入ったというようにブオノの仕草をした。


「うん、私にはちょっと甘すぎるけど、でも悪くない」


 ルチオの顔は真剣だった。

 味蕾をフルに働かせて味分析をしているみたいだった。


 それからあとは、カレーパンの甘辛さやジャムパンの甘さと酸味のバランスの良さに驚き、メロンパンの表面の格子柄がマスクメロンに似ていると騒ぎ、焼きそばとパンの組み合わせにあんぐりとし、ワイワイガヤガヤと賑やかに試食タイムが終わった。


「日本人って面白いものを考えるね」


 アントニオが感心しきりの顔で空になった紙袋を見つめると、「うちでもやってみたら?」とアンドレアが気楽な声を出した。


「そうだな~、でも、今売っているパンとは全然違うしね」


 ちょっと難しいかな、というように両手を広げたが、「ユズルに手伝ってもらったらいいじゃない」と突拍子もないことをアンドレアが口にした。


「そんなの無理だよ」


 一度もパンを作ったことがないと首を横に振った。

 それでも、「日本人は器用なんだから大丈夫だよ」と何故かその話題を手放さなかったので、〈いいかげんにしろよ〉と言いそうになったが、ぐっと堪えてアンドレアから視線を外した。


「まあまあ」


 ルチオが笑いながら仲裁するように肩に手を置いたので無理矢理表情を戻したが、その直後に意外な言葉が飛び出した。


「パンを作るのは面白いよ。教えてあげるから一度やってみないか?」


「えっ、ルチオさんまで……」


 助けを求めて視線をアントニオに向けたが、彼は笑いながら頷いただけだった。

 それはルチオの提案に賛成というような感じに見えた。

 隣の奥さんも同じように頷いていたので、弦はパン作り包囲網の中に完全に囚われてしまった。


「べつに、まあ、いいですけど……」


 弦の声が尻すぼみになって床に落ちると、急に可哀そうに思ったのか、それまでニヤニヤしていたアンドレアが助け舟を出すように話題を変えた。


「音楽でも聴く?」



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