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第1話 アンハルト

リアクティブ・アーマーに包まれたストレートグレイの装甲が外と内とを切り離す。

SFSA(特殊火力支援機)、パーソナルネーム・シナフィニティ。大まかな人型をした機体の胸部コクピットに収まるシャノン・ソフィー・アルレーは、今しがた降り始めた雨に気づかない。

この寝静まった村全体に降り注ぐ、空気そのものをじんわりと湿らせていく細い雨。

針のような雨粒がシナフィニティの上で跳ねる。微かな音を遮ったのは、シャノンの頭部全体を覆うように装着されたヘッドセットのイア・プロテクターだ。

ゴーグルタイプのディスプレイ越しに空を仰ぐ。シャノンが首を傾けるのに同期して、機体の胴体下部に装備された暗視カメラのターレットが回転した。

暗視装置が切り取った雨雲はいつだって緑色をしている。

視線を戻す。村内にまばらに展開した兵士たちが、恐らく悪天候に文句を垂れながら、警戒にあたっているのが見えた。ここからほど近い駐屯地に配属されている面々だ。


「はぁ」


自分でも無意識に零したため息は、狭苦しいコクピットの中で放たれたにも関わらず僅かにも反響しなかった。

私が孤児院を離れて、もうすぐで2週間が経過する。

施設長の私がこんなにも現場を離れて良いのだろうか。現場を任せた職員達への申し訳なさと子供達への心配が胸に沈殿している。

不安は常に思考を鈍らせる。


── いや。


また嘘だ。私が私自身を騙し、言いくるめようとするときの、どこかから滑り込んでくる虚言だ。

何者かにのしかかられるような頭痛。胸がつかえる不快感。

脳内での情報処理を妨害するのは、心配なんていう美しいモノではない。脳から発された虚偽報告は、その正体を隠蔽しようと行われた改ざんに他ならない。

やっと乗り越えたと思っていたのに、まだ追い縋って来るのか。

逃げられるとも、逃げて良いものだとも考えていない。だからせめて、これ以上私を縛るな。

二重に着込んだパイロットスーツ。その一層目、ぴったりと密着する合成繊維の下が粟立つ。

第一、クライアントとの契約から今更身を引くわけにはいかない。

満了まではあと1週間と少し。それまでの辛抱だ、そう思考を切り替えて、再び警戒を続ける。

気づけば雨脚は激しさを増していた。




午前一時。予報になかった土砂降りがコクピット内に騒音を弾けさせる。

シャノンは視界の端に動く影を見つけた。視線を向けると、何かが近づいてきていることはわかる。が、小さいせいで判別がつかない。

シャノンが意識的にディスプレイを凝視すると、ヘッドセットが眼球周辺の筋肉凝固を認識し、自動的にズーム機能が働いた。

大写しになったのはピックアップトラックの車列だった。夜の闇に隠れるようライトを切った数十台の車のそれぞれが、荷台部分に重機関銃や迫撃砲を搭載している。友軍ではない。こちらに対する脅威と断定するには充分だ。

ただシャノンの注目は、それらをまとめて置き去りにするほどの異彩を放つ存在へ注がれていた。

ランフラットタイヤが轍を刻む、装輪型のSFSA。全高4m程の扁平な機体が泥を散らし車列中央を進んでいる。見たところ、その余りある馬力を利用してこれでもかと装甲を補強されているようだ。全身に溶接された鉄板でシルエットが歪んでいる。退役した旧世代機のようだが、マウントアームに握られたカノン砲がこちらにとって致命の一撃となることに変わりはない。

シャノンは脳内で脅威度を当てはめる。

システムをセーブからアサルトへ切り替え。FCS(ファイア・コントロール・システム)オン。ウェポンセレクターから70mmロケット弾を選択。

敵を見つめる目が攻撃目標を定める。目標の輪郭が強調表示される。モニターの中心を占めるのは── つまり攻撃目標は、先頭のピックアップトラック。

本音を言えば敵SFSAを狙いたかった。しかし車列中央の敵機を潰したところで、それより前を走るピックアップたちの障害にならない。敵の侵攻を妨害し、そしてピックアップ内の歩兵を展開前に潰す。最善かは知らないが、少なくとも悪くない初手だろう。


トリガーに指をかける。

しかし発射されない。


鎖を引き摺る音、薪がぱちりと爆ぜる音が、シャノンには聴こえる。

呼吸が浅い。


もう一度、トリガーを引いてみる。

カチッ。

やけに耳に残る音と共に指が沈む。


機体後方に装備された円形の発射ポッド。そこに収まった19発のロケット弾のうち1発が、火の尾を噴いて飛び出す。700m離れた目標へと吸い込まれるよう飛んでいったそれがピックアップ側面に当たった瞬間、成形炸薬弾頭が爆発。超高圧の金属ジェットが容易に鉄板を貫徹する。車は黒焦げになって動きを止めた。

攻撃に気づいた敵の車列は障害物を避けるために列を乱し、そして速度を上げる。ここから先呆けている暇はない。

敵SFSAのカノン砲がこちらに向けられているのに気づき、シャノンは弾かれたように腰部デトネーターのレバーを引いた。

瞬間、膨れ上がる爆発と共にシナフィニティの身体は宙へと投げ出された。運動性向上のためのオプションパーツ── デトネーターが、カートリッジ式の炸薬を下向きに起爆させ、反作用によって機体を跳躍させたのだ。一拍遅れて到来した砲弾はシナフィニティの足元をすり抜け、地面に着弾。膨張した空気がコクピットを揺さぶった。敵弾の回避に成功。

僅かな対空時間内にMAS(モビル・アシスト・システム)のスイッチを入れる。起動した脚部センサーが落下地点を予測、条件をチェック。重心制御。機械側のサポートによって機体は難なく着地する。

散発的ではあるものの、既に各所で戦闘が始まっている。撃ち合う小銃の火が明滅を繰り返すのが確認できた。

シャノンは次の目標として、こちらにとって最大の脅威、敵SFSAの排除を設定する。対象を視線選択によってロックし、70mmロケット弾を3発連続して発射。飛翔したそれらは敵機胴体に直撃し炸裂。するかと思われた。

しかし。

敵機の目前で爆発が連続する。暗視装置越しには、そこだけ真っ白くなって見えた。敵機、損傷なし。目を疑った。

── ハードキル型APS(アクティブ・プロテクション・システム)。脳内を探し回ってようやく説明に足る理由を見つけ出す。今しがた放ったロケット弾は、その接近を感知したAPSの撃ち出す爆発成形弾によってことごとく迎撃されたのだ。

ヘッドセットの中を汗が伝うが、拭うことはできない。ロケット弾は無効化されてしまう。有効打にはなり得ない。アプローチを変える必要がある。

機体の大腿部スラスターをオン。上向きの推力によって可動部の負荷が軽減された状態で、シナフィニティの逆関節が地面を蹴る。接地部が泥に汚れた。

ウェポンセレクターを操作し対物ショットガンを選択。両マウントアームが構えの姿勢をとる。村の外周を囲う石積の垣根を飛び越し、なだらかな斜面を駆ける。迫撃砲弾が至近距離に刺さって肝が冷えた。

彼我の距離500m弱。狙える相手には金属の雨をぶつけながら、さらに詰める。砲撃に対しては背部側面のスラスターで左右にブラフをかけ対応。

シャノンが距離を縮めようとする理由は彼女が選択した武装にある。対物ショットガン。対物と銘打たれているだけあって、ある程度の装甲であれば有効射程圏内からの数発で貫くだけの威力を持っている。だが、重装甲化された相手には途端に効果を薄くする。余程の接射でも装甲を貫徹できるか怪しい。

しかし、装甲と装甲の隙間にショットシェルを叩き込めば、あるいは。そのためには一にも二にも接近しなければならない。

いよいよ距離が詰まってきて、攻撃への対応が怪しくなる。反応が遅れ、歩兵の放ったRPGが胸部へ突き刺さる。が、リアクティブ・アーマーの炸裂が敵弾の直撃を阻んだ。激しい衝撃にシートへと叩きつけられるが、コンピュータをやられて動けなくなるよりは万倍マシだった。

この危険な間合を最高速で抜けるために、シャノンは虎の子のメインブースターを点火する。フットペダルを踏み込む。

液体燃料ロケットエンジン始動。シナフィニティの背中から青白い高温ガスが噴き出し、機体が泥の上を滑り始める。早くも残り200m。

ようやく敵もこちらの意図に気づいた様子で、カノン砲による火力支援を中断し後退を始める。しかし重量級の装輪機とブースターで加速する軽量機の速度差は明らかだった。100m。

平たい頭部にくっついたメインカメラが私を睨んだ。恐怖の対象に値しない。

私は強いのだから。

悪あがきとばかりに立て続けで放たれた砲撃をデトネーターの跳躍でやり過ごし、標準をマニュアルに変更。落下コース計算。ちょうど敵機を山なりに飛び越すような軌道だった。

頂点、つまり敵機の直上を通過する一瞬。シナフィニティの構えた2門の対物ショットガンが大粒の親弾を撃ち出した。直後に近接信管が作動。親弾炸裂、外装分離。正面35度の範囲に無数の子弾がぶち撒けられた。その全てが敵機へと殺到。拡散した子弾が装甲の隙間で暴れ、機関部に辿り着いたいくつかが鋼鉄を喰い荒らす。エンジン損傷。まるで流血するかのように燃料が溢れる。引火し、炎上。

敵機、機動停止。無力化に成功。




各所での戦闘は敵戦闘員の全滅によって収まったと、無線を通して聞かされた。ヘッドセットを外して額を拭う。

胴体側面のコクピットハッチを開け放つと、じっとりと湿った空気の中に火薬の気配が紛れていた。あれだけ派手に撃ち合ったのに匂いがきつくないのは、火薬カスが舞い広がるのを湿気が邪魔したせいだろう。

昇降用ワイヤーのフックをパイロットスーツのカラビナに噛ませ、地面へと降下する。

何か明確な目的があったわけではない。ただ衝動に流されて、シャノンは燃え続ける機体の前にいた。焼けた部分の装甲は煤け、酸化し、真っ茶色に汚れている。そこだけ時間を切り飛ばされたかのようにも見える。

ふと、搭乗者を探さなければならないと思った。もしかしたらまだ息があるかもしれない。

そうであれば、私は。

しかし、彼女の淡い期待はすぐに落胆へと変わる。コクピットは既に溶け落ちていた。

土砂降りは未だ続いている。この赤々と燃える火も、いずれ消える。

鎖の打ち合う高くて耳障りな音が鼓膜の奥を支配する。炎が膨らむとき、あの空気の衝撃音。目の前に広がる火の海に比べれば格段に弱いくせに、その何倍も恐ろしい炎が歌う。

この雨で消火されればどれだけ救われるかと妄想し、やがて不可能を再確認する。

縛り付けられる頭が重かった。

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