車とヒビと毎日と
夜勤から帰ってくると弁当箱があった。
冷蔵庫を開けてみると自分の分がふたつ。
(上の子の分かな、これは)
スケジュールを見ると今日はお弁当の日だった。
冷蔵庫の弁当をひとつ軽くつまむ。
そして小学校に連絡を入れ弁当箱を手に車に乗る。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
(しまったな。やはり寝ぼけていたようだ)
小学校すぐ近くにきたところで僕は気づく。
(職員室は東側で今いるのは西側か……)
停車して迂回するかを考える。
するとそこに警備員がやってきた。
警備員に僕は自分の名前を言う。
上の子の学年とクラスも告げ来た理由を話す。
話し終えると警備員は端末を取り出した。
「今日の来客者一覧を表示してください」
警備員が僕の名前を口にする。
端末から1件ありますと音声が返ってきた。
警備員が弁当を届けにですかと聞く。
はいそうですと、端末が返事をした。
「確認取れました。どうぞ中へ」
(便利な世の中になったな)
僕が小学校の頃は電話で確認を取っていたはず。
しばらく待たされて許可が出て入門したと聞く。
(それが今や端末とのやり取りだけで済むとは……)
時代の変化をひしひしと感じた。
(っと。また怪しまれる。ささっと用を済ませるか)
車を電気モーターに切り替えゆっくりと発進する。
(授業中だし車の音が気になる子もいるだろうから)
最大限の配慮をして徐行運転で校内へ入っていく。
★ ☆ ☆ ☆ ★
「へえ。側溝が道の真ん中にあるのか」
父が以前ドブと呼んでいたことを思い出す。
前からごみ回収車がやってきた。
側溝を白線代わりに車が往来していく。
「クルクマが育ってるな。連休明けには咲きそうだ」
周囲を目を配っていると花壇に育つ花が目に入る。
(食用がウコンで観賞用がクルクマだったな)
夜勤明けの頭を動かし車を止めた。
来客用の入口で靴からスリッパに履き替えていく。
(校舎にヒビ……?古い建物だからか?)
好奇心が疼きまじまじと見ようと近づく。
「お待ちしていました」
上の子の副担任が声をかけてきた。
「あのヒビですか?少し前からありますよ」
「業者さんに連絡は?」
「ヘアークラックかの確認のためまた来るそうです」
ごくごく小さなひび割れをヘアークラックと言う。
副担任のその言葉に僕は疑問を感じた。
(建物の内側のヒビなのに放置して大丈夫だろうか)
そもそもどうしてコンクリにヒビが入るのだろう。
(業者がまた来るのなら考えるのはここまでかな)
専門家には専門家のメンツがある。
下手に手を打つと面目をつぶす。
(ならこのまま黙っておくのが得策だね)
そう思って副担任に上の子の弁当箱を手渡した。
「ん?地震?」
「ああ。ゴミ回収車ですね。ほら」
☆ ★ ☆ ★ ☆
副担任が指さした先でごみ回収車が帰っていく。
「ゴミ回収や給食の車が来るとたまに揺れますよ」
その言葉に僕の中である考えが閃く。
「素人の考えを言ってもいいでしょうか?」
「はいどうぞ」
副担任は笑って僕の言葉を待つ。
その笑顔には少しだけ困惑の色が滲んでいる。
「側溝は学校を振動から守る防波堤と言ってみます」
「ありがとうございます。業者に伺ってみますね」
副担任は僕に深々とお辞儀した。
僕も頭を下げ、学校から出て車に乗る。
「さあかえってひと眠りだ」
★ ★ ★ ★ ★
眠りから目を覚ますと夕方前だった。
遅めの夕食を食べ、弁当箱を洗う。
下の子たちを迎えに行こうとすると妻と出会った。
「私が迎えに行くから買い物をしてきてほしいの」
量が量のため快く引き受けスーパーへ向かう。
帰ってくると家族が出迎えてくれた。
その足で夕食の準備が始まる。
「小学校でもうすぐ工事やるんだって」
食後の団欒の時間、上の子が話しかけてきた。
「なにかあったのかい?」
「側溝を花壇の前に新しく掘るって」
(あの考えであってたのか)
副担任の迅速な行動に改めて感謝する。
「急だね。側溝はそんなに大切なのかい?」
副担任との会話を伏せ上の子に聞いてみた。
「道路からの騒音や振動から学校を守るらしいの」
上の子の話し方から困惑やイライラが感じ取れた。
「ん?なにか怒ってるのかい?」
「花壇の水やりが遠回りで大変なの」
「そうか。確かにそれもあるよね」
上の子の感情を肯定し受け止める。
「側溝の工事で花壇の花たちも守れるから、ね?」
「そっか。そういう考え方もあるのね」
ひとつだけを見ていては大切なことを見落とす。
(子どもの視界はまだ狭い。少しずつ広げていこう)
「ありがとうお父さん」
上の子からお礼が告げられまた学校の話が続く。
ゆっくりと上の子の感情をひとつずつ受け止める。
家族の会話は弾み、団欒の時間は流れていく。