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 件のレインコートの検品とその品出し、在庫の仕舞い込みが終わると、ルー君は一度帰って行った。(ルー君の住んでいるアパートは私のマンションよりもお店に近い)


 そして、12時を過ぎた頃にエリがやって来た。


「エリ、この間は大丈夫だった?」


 酔い潰れて記憶が朧げな日以来会っていなかったエリとは、色々話したい事が山盛り。


「うん・・・何とか。その事も含めてゆっくり話したいんだけど、今夜とか時間取れない?」


 首を傾げてそう聞いてくるエリ。綺麗に巻いたピンクブラウンのセミロングが動きに合わせて揺れる。オレンジ系のチークとリップで元気系なメイクに仕上げてはあるが、表情がしぼんでいる。


「大丈夫だよ。今夜雨君残業だって言ってたから、1人でどうしようかと思ってたの。こっちからお願いしたいくらいだよ」


「ホント?嬉しい!」


 エリはそう言って私に抱き着いて来た。フワッと香るポエムトレゾア。店長と同じ匂いだ。また真似してる・・・。


 それから、早上がりの私が買い物をして料理を作り、家で待っている事になった。家飲みである。


 定時になるとエリに手を振り店を出て、食材を買いに1人スーパーに突入する。


 1人で来た時は注意しなければならない。何にかと言うとズバリ『買い過ぎ』だ。調子に乗って沢山買ってしまうと、持って帰れなくなってしまうのだ。


 その防止の為、私はカートを使わない。手に持ったカゴに入れて待って歩ける以上の量を買わないようにするのだ。買い物自体は大変だけれども、こうしておかないと、うっけりすると帰れなくなってしまうから。


 家の冷蔵庫の中がほぼ空だった事を思い出しながら食材をチョイスしていく。ジャガイモ、人参、玉葱はまだあったから要らない。キャベツもあった。大根、アボカド、レタス、トマト。そろそろ重くなり始めた。アサリは今の季節美味しいな。カゴへ。エビはエリの好物だよな。カゴヘ。豚バラブロック安!2個買っちゃおう。後は・・・。


 店内を一回りするうちにカゴは山盛りになってしまう。でもレジまで運ぶ事が出来たんだから、持って帰れる筈。理論上は。


 会計を済ませて袋詰めをすると、2袋になってしまった。両肩にそれぞれを掛けてなんとか帰れるギリギリの量。


 そんな姿はハッキリ言ってダサいけど、誰にも見られないうちに帰ってしまえばOK。


 と、思ったものの、お店の出入り口の前に立ち、自動ドアが開いた瞬間、私は固まってしまった。


 雨が降っていたのだ・・・。


 あ・・・、雨君、大丈夫かな?


 残業という激務に加えて『雨』という良くないコンディションが、雨君に悪い影響を与えるのでは無いかと心配になった。


 私はLINEを送る。『雨降ってきちゃったね。大丈夫?』と。すると、すぐに返信が来た。可愛いキャラクターが『ok』と踊っている。


 すぐに返せるなら大丈夫かな。良かった。


 ホッと息を吐いて安心した所で、両肩にずっしりと重く食い込む多量の荷物を見る。


 問題は自分だ。折り畳み傘はあるが、果たして差しながら帰れるのか・・・。


「あれ?アスカちゃん」


 眉を寄せて「うーん」と考えていた所に、スーパーの前の通りから誰かに声を掛けられた。


 顔を上げると、私を一瞬見てから周囲に目を配り警戒している風の背の高い金髪が目に入る。シンプルな長袖シャツにワイドなダメージジーンズという至って普通な格好をしているのは、仕事が終わって私服に着替えたであろう、今朝私にセクハラをしてきた宅配のお兄さんだった。


 私は、朝のセクハラを思い出して一瞬身構えたが、お兄さんの唯ならぬ雰囲気に構えを解いた。


「どうかしたんですか?」


「ああ、うん。アスカちゃんこの間の不審者覚えてる?」


 そのお兄さんの言葉に、前にあった出来事を思い出した。外から店内を誰かが覗いていたと言われ、その後ディスプレイの変更中に浴びたフラッシュの光を・・・。


「今いたんだよね、そいつ・・・」


「え・・・」


 胸の中に、何か嫌な物が広がった。単なる雨の振り始めの風景が、毒々しい物を掛けられて光を失った世界に見え始める。


 今ここにエリはいない。あの時も、エリはいなかった。


 共通しているのは私とお兄さん。でもフラッシュを焚かれたのは・・・。


「・・・私、見られてます・・・?」


 自分の姿を見た。朝のルー君の言葉が思い出される。


「男ならみんなそういう目で見ますよ」


 借りたシャツは、ルー君が一度帰る時に無理矢理返してしまった。


 剥き出しのカットソーが、下着一枚に感じる。


 足が震えた。


 ・・・怖い。


「そんな大荷物って事は家近いの?送ってこうか?てか持つよ。アスカちゃん潰れかけてる」


 お兄さんを見上げた。


 正直その申し出は有り難い。でも・・・。


「もうセクハラしないです?」


「うっ、朝はゴメンね。つい出来心で・・・。もうしないよ」


 そう言いながら申し訳なさそうに頭を掻くお兄さんに、私は少しホッとした。


「約束ですよ」


 言って私は少し笑った。でも気がかりな事はもう一つ。


「・・・お兄さんに聞くのもどうかとは思うのですが、こう、見られている状態で家に帰って大丈夫なんでしょうか。私の家の場所を知られてしまう・・・」


 不安な事を伝えながら、その事を言葉にする事で更に恐怖心が膨らむ。


「ああー、そうね。マンション?オートロック?」


 私は頷いた。


「だったら、帰ってすぐ部屋の電気付けないようにすれば良いよ。防犯の基本」


 付け狙う者は大概、マンションの外からどの窓の電気が付くかを確認して、目的の人の部屋の目星を付けるのだと教えてくれた。


「今日だけじゃなくて、これからはそうやって気を付けな」


 そう言ってお兄さんは荷物を一つ持ってくれた。


 1人であの部屋に暮らし始めて大分経つ。今までの間、何の警戒もして来なかった事に改めて恐怖を覚えてしまう。


 ・・・怖い・・・。


「それはそうと、気になってたから聞いてもいい?」


 今迄の自分の警戒心の薄さを真剣に悩んでいた所に、空気を変えるようにお兄さんがそう切り出した。


「何でしょう?」


「アスカちゃん、俺の名前知ってる?」


 ・・・。


 思わず黙ってしまった。


「一応制服の時は名札付いてるけど、やっぱり読めない?」


 そう言って笑われてしまった。


 はい。読めないから『お兄さん』って誤魔化してました。


「すいません・・・」


「ははは、やっぱり。柘植つげって読むの。柘植恵流めぐる。ヨロシクね」


「つげくん」


 私がそう呼ぶと、嬉しそうに頷いた。


 そうして、つげくんに私は家まで荷物を持ってもらいつつ、送ってもらった。


 名前の話をした後は、足の震えも止まっていた。


 もしかしたらつげくんは、私が怖くて震えているのに気付いて、気持ちを逸らすために名前の話をしてくれたのかも知れない。


 だったら嬉しい。朝のセクハラも許してしまう。


 結構良い人だな、つげくんって。

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